被害者にならない為の知識-精神薬を学ぶ-

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PSWとして目にしたこと


PSWとして目にしたこと

私は兵庫県在住の45歳の女性です。
この歳で3年間大学の通信課程で福祉について学び、昨年PSW資格を、今年の春社会福祉士の資格を取りました。
現場での実務経験はまだ本当に少なく、実習で精神のB型作業所、系列の地域活動支援センターで半年勤務、精神のA型作業所で2ヶ月勤務といったところです。

短い期間、転々としてきたのですが、そこで仕事が続かなかったのには深い訳があります。
それは、精神障害者当事者に対する福祉現場の職員対応のお粗末さが表向きの理由です。
しかしながら、もう一つの理由として、当事者彼ら一人一人にじっくり向き合う必要性があるにも関わらず、
人間として扱うことすら十分整っていない環境であり、当事者の皆さんがそのことに傷ついていること、
社会への自立もままならない中、福祉を頼って自立へかすかな希望を持ちながらかろうじてやってきている場で、
十分な扱いも受けられず苦しみ続けている姿を見て、福祉という大きな組織の中で私自身が資格を持ちながらできることは限られており、
現在の体制では、彼らの力になることは無理だと思ったのです。

掲示版にお書きしたように、私は今かつて当たり前のように一人の人間として普通に生活していた人が、
精神科医にかかり、そこで虫けらのように扱われ、平気で騙されたのを正そうとして逆に警察に通報され、医療保護入院で強制的に病院にぶちこまれ、
閉鎖病棟でひどい拷問虐待を受け、さらに大量の薬剤を投与され、薬漬けにされながら死にかけながら作業所にやってきて、
自分が必死で書いてきた体験談を私に読ませたことでこの問題の深刻さについて知りました。

職員と利用者という立場の間柄ではなかなか見えて来ないことも多く、さらにこの問題について考えたいと思い、
公的立場である資格を利用した専門職の立場をはずれ、継続してこの利用者さんと友人としてつながってこの1年余り見てきました。
正直言って、公的立場をはずれなければこの問題ははっきり見えてくるものではないと思います。
それは資格に基づく規定としてもはっきりと職員と利用者という立場を超えてはならないと言うことが明記されているわけですし、
やはり一人の利用者の事例にとらわれて、そのことだけに支援をするということは公的立場では困難なことだからです。
しかしながら、彼の事例はあまりにもひどく、決して見過ごしにできるものではないと思いました。
彼の事例こそ、今の社会がひた隠しにしている真に迫る精神障害者が置かれている実情なのだと思ったのです。

私は彼が体験したことのほとんど何も知らないところで同じだけの年数を生きてきました。
目の前で語られることが、あまりにも理解に苦しみ、私自身が当たり前だと思っていることも当たり前でない、
本当に人間として生きることも許されてこなかった人生であり、私自身もさらにその一つ一つが理解できず苦しみ続けた1年余りでした。
泣きながら、怒りをぶつけながら、何度大げんかして、もうこんなことしんどいからやめてやろうと思ったか知れません。
それでも彼にとっては、今唯一社会自立に向けて自信を取り戻しつつある希望の光が私だというのです。
何十年も死んだような人生を送ってきて、大量の薬に左右されて、やがて自分も死ぬのを待つだけの日々を送り続けて、
やっと長いトンネルから抜け出す方法を見つけ出してきているといったところでしょうか。

一進一退は繰り返しているものの、1年前に出会った時から比べると症状も随分治まり、
落ち込む状態に陥っても、自力で立ち上がるのに時間がかからなくなってきていること、
しんどくて冬の間は特に行くこともままならなかった作業所へも、最近では随分通える日数も頻繁になり、長い時間働くことも可能になってきました。
出かけても疲れ方が以前ほど残らなくなってきており、今では片道2時間半かかる主治医への通院も体力的に持つようになってきました。

私が知っている限りの短い期間でこれほどまで回復してきていることの大きな理由が考えられるとすれば、
やはりまず薬が大きく減ったことが考えられるのです。

彼は長い間かかっていた主治医がおりました。
一番最後に入院していた病院でかかった主治医が、独立開業したのでそのままその先生にかかっておりました。
彼は先生の人柄に惹かれて、その先生が処方して下さる薬が自分に本当に合ったものだし、先生もよく自分の体調などを調べて出して下さっているものだから、
先生の出して下さったものは安全なものだし、飲んでいると調子もいいので減らすつもりもないし、このままでいいと言っていました。

しかし私は1日20種類も17年間に渡って飲まされて、そのままにされていることがとても気がかりでした。
何よりもいつもふらふらになりながら、見るからに病人でいつも眠いのかろれつも回らない状態で必死で作業所に来ていたのが今でも忘れられません。
会っている時は何とか持っているものの、家ではしんどくてほとんど寝たきり状態、具体的にどうしんどいのか聞いてみると、神経障害、強迫神経症、目が眩しい、
聴覚が過敏、頭痛、腹痛、吐き気などがあるということでした。
まさかその時はそれが薬の副作用だなんてことは思ってもみなかったのですが、その時は彼の障害の症状はこういう症状があると思い込んでいました。
それが精神障害そのものでなく、薬の副作用を疑ったのは、彼が新聞の片隅に内海先生の書かれた「精神科医はやりたい放題」という本があるのを見付け、
自分は読むのが大変なので私に代わりに読んで内容を聴かせてほしいということをお願いしてきたことからでした。
本を読ませていただき、ああやっぱりか・・と思いました。

精神医薬が開発されてまだそんなに歴史がない中で、そろそろ20年になろうとしているが、多剤服用した人たちが突然死んでいる、
そういう結果が伏せられ続けながら、実態として浮き彫りになってきていることを知り、
彼はもう17年間も1日に20種類もの薬を平気で飲まされている、彼はそのことを信頼している医者からの薬だと言って信じ切って飲んでいる、
そのことに大変な危機感を持ったことでした。
彼が内海先生の本を見付けたことは何かの縁だと思い、そこから一気に断薬治療の必要性を彼に諭して仕向けていったのでした。
彼が訴えてきているしんどい症状の大半は、薬による副作用が疑われる、今どんな薬を処方されて、どんな副作用があるのかすべて調べました。
依存症が疑われる薬だけでも9種類、睡眠薬だけでも6種類、こんなに飲んでいれば睡眠薬だけでも昼間起きているのが困難だろうと。

しかしなぜこれだけの量の睡眠薬が処方されているかというと、これは彼が教えてくれたのですが、
結局医者も家族も自分が暴れられると困るし、手がかかるので、眠らせておとなしくさせるために、大量の睡眠薬を投与して落ち付けさせるためなのだと言います。
このために頭が回らなくなり、日常生活がままならなくなり、とても人間としての生活ができる状態でなくなることで生きる権利が奪われていると言います。
そこまでされてなぜいくら人柄がいいからって、今の主治医にかかっている意味があるのか問いつめました。
私も診察にはついて行っていました。主治医の先生のことも知っています。
人柄のいい先生ではあるのです、でも彼が一生懸命状態を説明して薬を減らしてほしいとお願いしても、先生は減らすことをしませんでした。
理由は簡単です、減らして何か悪い状態になって、自分が訴えられるようなことになってもらっては困る、薬代や診察代で儲けているので患者がよくなって
通院が減ると言うのでは都合が悪いというところなのです。
このままでは彼は騙されたままこの先生や薬に殺される、先がない、この先生では薬を減らすということはできないということを見限って、
私は必死で断薬治療を行っている医療機関を通える範囲で探し回りました。
ここまでくれば彼も事の重大さに気付き、真剣に薬を減らして本当に元気になりたいと思い始め、遠いところでも通って断薬治療に臨むことを決意しました。

なかなか表向きには公開されていない断薬治療の機関なのですが、唯一それらしい機関をネットで見付け、彼にそれを知らせました。
薬を減らして元気になれるのなら、もう一度元気になりたい、元気になったらもう一度働いて自分の足で生きてみたい、
苦しんでいる仲間たちを助ける側に回って活動できるようになりたい、強い思いを持って今までかかってきた主治医の元を去り、
断薬治療を行っている医療機関に今年8月からかかって、20種類飲んでいた薬をいきなり13種類まで減らされて4カ月間ここまで状態を見ているところです。

いきなり7種類抜かれたので驚いたのですが、抜かれた当初4週間ほどは体調もすぐれず随分苦しんでいましたが、
これも治るための第一歩で、乗り越えなければならないと思っていたことだったのか、今までのしんどい様子から見ても意外にあっさり慣れた様子でした。
現在4ヶ月目なのですが、随分以前と様子が違っているのがわかります。
とにかくふらふらで病人のように顔色も悪く苦しそうで倒れそうだったのが、今は別人のようにまっすぐ立って、はっきり自分の意思を持っているのです。
何よりも今は会っている限り、病人にも障害者にも見えず、どこから見ても一人の年相応の人間なのです。
まだまだ療養は必要で、家にいる間は親との関係も悪く、決して環境的に良くない状況が続いているのですが、
それでも彼は自分の健康管理ができるようになり、ただ寝たきりだったのが今は同じように寝ることも健康のためのものでコントロールしながら、
自分に必要な睡眠時間を取って生活できるようになってきています。
7種類薬を抜かれただけで、これだけの効果が出てきているのです。
しかもたった4ヶ月で変わってきているのです。
これをどう見るでしょうか?

年明けからはさらに断薬が進むことになりそうです。
現在の状態で回復が見えてきていることに、一時は生きることにさえ絶望を抱いていた彼も、大きな自信と希望を持ち始めています。
今はまだ文字や文章を読むこともしんどく、パソコンもできる環境にないので、私が代わってここまで書いてきていますが、
さらに状態がよくなって、彼自身が皆さんと話ができるようになる日もそう遠くないと見ています。
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  1. 2013/01/10(木) 21:34:43|
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障碍児の母親として


まだまだわからないことも多く、薬害の実態もつかめていません。
しかし、以前からおかしいと思っていたことが今はやっぱりおかしかったのだという思いでいっぱいです。

確かに今の支援というものは、医者の診断がなければ何も始まらないシステムです。
息子の支援も自閉症という診断がなければ受けさせて貰えないということに疑問を感じたものでした。
ただ、主治医の先生が「薬を飲んだから治るというものではない、風邪のようにかかったから治るというものではない」とおっしゃって、
薬をむやみやたらに処方する方針でなかったのが幸いでした。
今の診断基準がDSM4やDSM5に基づいているものではあることは私も知っています。
あの診断基準に著しい問題があることも大学に在学している時に一応学びました。
診断基準に頼り過ぎて、患者本人の様子を正しく判断しないで、その場で見ただけで、その基準にあてはめ、その時に語られたことだけを鵜呑みにして、
状態をカルテに書き記して行き、適当に診断を下して適当に薬を出している実態です。
今までいろいろな発達障害児という子どもたちに出会ってきていますが、ただ環境が合わないとか、しんどくて一生懸命人に伝えようと表現しているだけなのに、
それが症状だと勘違いされてきていることで、やたらと診断名がつくことでさらに環境が悪化していることもわかってきました。
その子どもたちが大人たちの都合で静かにさせようと薬が投与され、やがて飲み続けることでいろいろな副作用が出てきて、
それが環境のせいだとか、その子の障害の症状だとかいうことでさらに過剰に診断が続くわけです。
目で見ても様子が変わって、目がうつろになり、表情がなくなり、別人と化すようになっても大人たちは気付かないわけです。
しかしはたから見れば、それが発達障害の症状なのだ、いや、精神障害も二次的に起きてきているのだと片づけられてしまっていて、
その陰に誤診による過剰診断であったり、薬害で精神症状をきたしているという事実まではなかなか気付かれないんですよね。
それを仮に本人が訴えたとしても、なかなか信じてもらえない、精神症状が言わせていることだからということで片づけられているわけです。
大人の精神障害だと言われている人も、いったいどれだけの人が正しく診断をもらっているのでしょうか?
今の特別支援教育についても大きな疑問を持っています。
結局現場教師の指導能力がないことを棚上げにして、手のかかる面倒な子どもたちはあっちへやってしまう、
はみだしている子どもたちを特別扱いにしてはじき出すためにふるいにかけているだけに過ぎないと思うのです。
欧米で行われている特別支援教育というものは、何も障害を重視した特殊扱いではなく、むしろ大多数の子どもたちにない特殊な才能を持った子どもたちに対して、
整えられた環境でその力を存分伸ばして、ゆくゆくは国の先進的な技術に貢献させるために大切に育てて行くということに重きを置いているわけです。
日本でもそのように大多数の子どもたちにない特殊な才能に恵まれている子どもたちが確かに存在しているのです。
その子どもたちが生きづらさを抱えて狭い空間で耐えながら生きている現状です。
誰からも理解されず、苦しみ続けているのです。
しかしこういった子どもたちを国全体で大切に育てていけば、この国の景気や将来はどれだけ明るいものになっていくのだろうかと思うのです。
宝を大切にしなければ、どんどん国はだめになっていくと思うのです。
目先の富やできることにばかり目がいって、都合の悪いことは何でも診断任せにし、それですべて片づけてしまう、
その子の持っている可能性まですべて否定されて、日の目を見ることもなくなってしまうわけです。
子どもたちを間違った特別支援教育でだめにされたくない、私は親として最低限二人の息子のために守り抜いてきました。
あと1年ずつ、今年は高校、中学と最後の年になりましたが、二人とも生きづらさを抱えながらものびのびと自分に合った環境で、安心して暮らせるように、
あえてそれぞれ特別支援学校、特別支援学級での生活をすることを選んでいます。
特に通常学級に今年度まで在籍し、残りの1年を特別支援学級で過ごすことを選んだ下の息子については、通常学級での生活がもう限界でした。
息子は特別支援学級に行くことを最後まで拒んでいましたが、息子の精神状態を見てこれ以上ここに置いておくのは危険だと判断したのです。
頑張りすぎて精神状態がかなり不安定になっていることを担任が知らせてきたのですが、息子はその時の気持ちを私に伝えました。
私はこのままの状態が続けば、精神状態が持たなくなる、精神科に行くことだけは絶対に防止しなければならない、
そのために予防するために特別支援学級に避難することもありなんだということを話しました。
息子は年頃で友達や女の子の友達から自分が障害があるために通常学級での生活が無理で、来年から特別支援学級に行かなければならないということを伝えるのに、
とても悩んだ末、友達にはちゃんと話し、友達はみんな自分が決めた道なんだから、自分に合ったところで過ごすのが一番だと思うと言ってくれたそうです。
今は息子は特別支援学級に行くことを決心し、今年1年の過ごし方も考えて目指す高校に向けてじっくりと準備したいと言っています。
環境の悪いところで追われながら生活をしてきて、その結果精神状態が悪くなって、先生から精神科受診を言われ、
そこで本当に受診していたらどんなことになっていたかと思うのです。
それよりも息子がよくがんばったことをねぎらい、これからのことを考えてこれ以上精神状態が悪くなることを予防することをまず考えなくてはならない、
そのためには特殊扱いとされる特別支援学級にはじき出されてしまうのではなく、避難して自分本来の力を十分出させて1年を過ごさせる方がよほど意味のある1年だと思ったのです。
息子には本当に話すことに時間がかかりました。
でもこれでまた一段と親子でじっくりと向き合うことができたと思っています。
診断や薬で解決することは簡単です。
うちの場合、主治医の診察はあくまでも相談ではなく、経過報告です。
相談するよりも前に今現在どうすればいいか、まずは環境を整えることでほとんどが解決してしまうからです。
だから薬など一切いらなかったのだと思います。
ちなみに主治医はうちの子の事例を学会に報告している次第です。
診断で何もかもが片づけられてしまうことに疑問を呈して、診断以上に息子たちの変化や成長をまず見てほしいと思うのです。
本当に周りの環境一つでこんなにも変わっていくのかという実感は今、友人を見ていても痛感しています。
環境って本当に大切だなあって思います。
いい主治医に恵まれたこともよかったのだと思います。
この主治医にずっと育てられてきた上の息子は、主治医の紹介で切り絵という才能を見いだしてもらい、
今ではアーティストとして年間3~4回個展や作品展を開き、賞を取るまでになりました。
一足お先に就労先も決まり、切り絵や作品を作る工房での仕事に1年後就くことが決まりました。
目的のある人生を送れることは、人間として生きて行く中でどれだけ大切なことでしょうか?
私は日々そのことを考えさせられています。
  1. 2013/01/10(木) 21:46:34|
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優秀な医師


薬を使わない優秀な医師

長男の主治医の先生ですが、〇〇市児童福祉センター診療所発達外来の〇〇先生(児童精神科)です。
先生は以前1年間、〇〇にある発達クリニックの方に研修で出ておられました。
全国でも数少なかった児童精神科医の先駆的な時期から自閉症や発達障害、知的障害の医療に携わって来られました。
おそらく児童精神科医の中でも、かなりの変わり種だと思うのですが、本当にマイペースでいつもおおらかに子どもたちを受け入れながら治療や指導をしてくださってきました。
息子の今があるのも、そして、息子の特技をここまで伸ばしてくださって可能性を引き出してプロの手前まで育てるチャンスを下さったのも、すべてこの先生のお陰です。
大切なのはこの先生の、「子どもたちの今をありのままに受け入れる」という姿勢なんだと思います。
長い年月つきあっていかなければならない障害のこと、薬に頼れば薬漬けになってしまう、それは本人にとっても親にとっても不幸なことである、
それよりも落ち付いて過ごせる環境を整える方がまず大切なのだということをいつもおっしゃって来られました。
そのための部屋の構造化、目で見てわかる視覚支援、欧米でも使われているプログラムの導入など、本当に基礎的なところから教えていただいてきました。

こういう先生も中にはおられるんです。
本当に出会いだと思います。
小さな子どもたちが長い人生をこれから歩もうとしている大切な位置におられるだけに、
子どもたちが薬漬けになることだけは絶対にあってはならない責任重大なポストだと思います。
すべての児童精神科医が本当に責任を持って対応してくださることを願ってやみません。
そしてもう一つ大切なのは、このような子どもたちが18歳になれば主治医を精神科に引き継がれることになります。
必ず18歳以降も連携しながら子どもたちを終身見守って、決して間違った医療に進むことのないようにしていただきたいと思うのです。
長男も今年18歳です。
今年、次の主治医に引き継がれる話があると思います。
いろいろな不安がありますが、必ず先生がこれからも見守ってくださっていることを信じたいと思っているところです。
  1. 2013/01/10(木) 21:50:50|
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障害者の人権

私も昨年専門職資格を得て働こうと、あちこちの職場を受けて面接に行ったり、実際に働きに行ったりしていましたが、
そこでも精神医療の過剰投薬やいい加減な診察、福祉現場での専門職の意識レベルの低さや公然と行われている差別偏見に嫌気がさしてしまい、
どこに行ってもこの状態は同じなのだろうと諦めながら、次に自分はどこでどんな仕事がしたいのだろうかと昨年後半はしばらく仕事をせずにずっと考えていました。
現在は少しずつ自宅近くの児童デイケアセンターで臨時パート職員として働いていますが、今月はさらにヘルパー2級資格を取りに行き、
さらに幅広く障害者と接していけるように専門知識を持って働く準備をすることにしています。
しかし、私がこれからこの2つの資格を持って働くとすれば、やはり精神障害者の人権問題について働きたいと思っています。
もしそのようなことに取り組む専門機関が通えるところで立ち上がるのなら、そこで働きたいと思っています。
まだなかなか存在しませんが、むしろ司法の分野で弁護士などが動いているケースが多いようなので、福祉関係者がもっとこのことに関心を持っていただき、
連携して相談窓口を立ち上げたり、精神医療に対する疑問点や誤った概念を正していく啓発活動などを行って行けるような法人が全国に立ち上がっていくことを望んでいます。
欧米では日本で行われているような精神科医療が信じられないほどおかしいことが指摘されているのです。
しかし日本人の多くはそのおかしさに気付いていません。
現に私の周りでも、自分のかかった精神科主治医を信じ切って、治してくれる先生だと言って大量の薬を飲んだら治ると信じて飲み続けている知り合いが多数います。
私の実妹もその一人です。妹もうつで精神科にかかって長いです。幸い薬はたくさんは飲んでいませんが、依存性の高い薬を飲み続けています。
症状があるから飲まなければならない、症状を抑えている薬だから飲み続けなければならない、本当にそうでしょうか?
私が大切だと思うのは、今ずっと話を聞いている友人の彼を通じても言えるのですが、やはり話をじっくりと聞いてもらえる人が必要なのだと思っています。
話を聞いてもらうことで90パーセントぐらいは気持ちが落ち付いて気持ちの不安が解決するのだと言います。
私も気持ちに余裕がない時はなかなか落ち着いて聞くということができず、彼が不安になって状態が悪くなっている時に話を十分に聞くことができず、
よく喧嘩になっていますが、それでも話を聴くということで彼は落ち着いてくるのです。
薬がなくても、話を聞いてくれる人がいれば、彼らは孤独に陥らず、不安な気持ちになることもなく、つながりを持って生きているという感を持ち続けることができるのだと思います。
そういう原点を見失っている状態で、精神保健福祉分野でも患者に対して薬をちゃんと飲んでいるか、主治医の指示に従っているか、ということに固守して、
ろくに話を聴くということもせずにあちこちの機関に回したり、主治医の指示がないと自分たちの判断で動かすこともできないと言って、
患者の意思を全く無視してロボットのように動かしているのです。
しかも患者や利用者たちのことは、精神障害で物を言っているのだから、まともに話を聞いてはいけないといったことを実習生にまで吹き込んでいるわけです。
これだけでもどれだけの偏見を何も知らない一般人に植え付けているのかわかりません。
私もそれを本当にまともに信じそうになりました。
しかし、私が実習で出会った利用者たちがあまりにも普通に接してくださって、何も病気で物を言っているようには聞こえてこないし、
そのようにも見えなかったのでかえって驚いたほどでした。
それでいろいろ話を聞いているうちに、彼らの殆どが少し前まで健常で元気に外で働いていて、何か人間関係や環境などでおかしくなってしまい、
夜寝られなくなったり、不安になったりしたことで医者に初めてかかったことでもらった薬を飲み続けたり、病院に入院したりすることが増えてしまい、
本当の精神障害者にさせられてきているんだということがわかってきたのです。
中には元々発達障害があって、それが原因で人間関係がうまく保つことができず、親や家族からも理解してもらえず、精神障害に至っている人も半数近くいる状態です。

私には二人息子がいます。
長男は高校生で自閉症です。次男は発達障害で学習障害と軽度の自閉症があり、人間関係を築くのに難しさを持っています。
その兼ね合いで長年自閉症や発達障害について親の立場から勉強してきました。
そして、長男の子育ての頃にはまだ駆け出しだった自閉症や発達障害者への支援について、子育てと共に受けながらその現状を見てきました。
私が元々PSWを取ったいきさつは、私と同じように障害を持った子どもたちを育てている親たちが、実に多く自分の子どもの障害を受け入れることができず、
精神障害に陥っていることや精神医療に足を踏み込んで行っている現状を重くみて、以前私も息子の障害を受け入れられずに苦しみ続けた過去を持っていることで、
その悩みを共有できることは、同じ立場の親としてではなく、専門職の資格を持って親としての立場もわかるようになって、
少しでも助けることができればと思って目指したのです。
親に発達障害がある人も少なくなく、障害のある子どもたちを満足に育てることができない親も少なくありません。
また、障害のある子どもたちを抱えて苦しさのあまりに虐待をし続ける親たちも少なくないのです。
障害のある子どもが生まれたことで、父親が浮気をして家を出ていったケースもいくつも見てきました。母親が一人で障害のお子さんを育てているのです。
そういう母親たちがおかしくなりながらも精神科に足を運ぶ前に支援を受けられるところすらないのです。
私はそのことも本当に何とかしなければならないと考えています。
実習で行った作業所にも母親でありながら、子どもさんを児童福祉施設に入れて育ててもらうしかない状態に陥っている人に何人か会いました。
このお母さんたちが子どもたちを引き取って元の生活ができるようになるためにも、簡単にいい加減な診察が行われている精神科医療について見直す必要があると思っています。

また、自閉症や発達障害者の当事者の皆さんにもたくさん出会ってきました。
息子の関係で本当に多くの仲間たちに出会ってくることができたのも、何かの縁だと思います。
そこに家庭環境の大切さというものがその彼らの状態を大きく変えるのだということも痛感してきました。
彼らの居場所が家庭にない場合、彼らは本当に追い詰められて精神障害を発症することになります。
職場よりも家庭での理解がない場合の方が深刻だと言えるでしょう。
普通に学校も卒業して、一流企業で働いて、そこで挫折を味わっておかしくなる人もたくさんいるのです。
しかし家族はそれが受け入れられないし、にわかに信じることが到底できないわけです。
妹の病気のことでさらに見てきたのは、結婚事情になるとさらに深刻なのです。
お見合い市場には実にたくさんの自閉症や発達障害者の方々が登録をしているのです。
本人が登録しているというよりは、親が心配して登録をしているケースが多いと言えると思います。
釣り書きは立派ですが、会ってみるととてもじゃないけれど言葉が通じなかったり、常識概念がなかったり、コミュニケーション能力がないだけでなく、生活全般にかかる
一切の不自由さを抱えていることが短時間で見えるということなのです。しかしそれを親たちは気付いていないことがほとんどなのです。
お見合いの失敗や挫折を抱えさせることで本人たちは自信をなくすということの連続が続くことは、大きな負担につながっていくのです。
特に障害があっても恋愛というものにはとても多感な年ごろの人たちにとって、人との出会いがうまくいかないことは精神的にかなりのダメージを受けることになっていきます。
親たちがもっと自分の子どもたちの状態について勉強し、把握して知識を持って対処していくことが大切なのに、
世間体や体裁ばかりにこだわって、子どもたち自身の状態に立って考えるということができていないのが現状だと言えると思います。
精神障害者の家族会や障害者の親の会を見ていても、親たちは自分たちの子育ての苦労ばかりをねぎらうばかりで、子どもたちの大変さのせいで・・という気持ちで、
本当の意味で子どもたちのための親の会ではないのを感じます。
親たちが一生懸命自分の子どもたちの障害について考えたり、勉強したり、理解したりということがなかなかできていない会が多く見受けられます。
その結果、親の会に親が入っていても、子どもたちにとっては何もプラスになっていないといったことが多く、
私から見ても何のための親の会なのかわからないのです。
私は自分が障害児の親なので、どうしても親の立場から親の会も福祉の現場も当事者のことも見てしまうので、そこで葛藤がどうしても起きてしまいがちです。
だから、見えなくてもいいところまで見えてしまうところがあるのですが、反対に皆さんが見えないところも見えるのだろうと思っています。
精神の問題は本当に根深く、そして実に身近なところにまで及んでいるのがよくわかります。

  1. 2013/01/10(木) 22:06:02|
  2. 投稿-母親からのメール
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