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被害者にならない為の知識-精神薬を学ぶ-

精神医療被害連絡会 公式メールマガジンユーザーの為のブログです。

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生後4か月の子を残して亡くなった娘さんのメモ

3月6日に出産し、4月22日の夜中の授乳中に家族が見たテレビの殺人シーンが頭に残り眼をつぶるとそれが頭に浮かんで、怖くて夜も昼も眠れなくなってしまいました。寝ても3時間ほどで眼が覚めてしまい、眼が覚めた時、ニュースで見た犯人の顔が眼に浮かんだりして、本物のニュース番組まで怖くて見られなくなってしまいました。

その内、赤い色を見ると血を想像してしまったり、刃物が怖くなったりして、外で人を見ると犯人に見えてしまったり、外に出るのも怖くなってしまいました。過去に見た恐い物を現実とを絡めてしまったのでしょうか。家にいて物音がしても、怖いような気がして、ドキドキして頭が疲れてしまい、眼をつぶって寝るのも労力を使い、睡眠薬がないと眠れなくなってしまいました、

訪問の保健師に話したら、心療内科を探してくれたので、5月下旬、池袋の心療内科に行ったが、カウンセリングは余りしてくれず、抗うつ薬を処方され、1週間飲んだが午前中ふらついたりしたので、話をするとすぐ薬を変えられ、飲み始めて1週間ほどでイライラ感が強くなり、攻撃的になり、吐き気がしたので止めてしまいました。

いつも頭に怖い事が強迫観念のよう居ついているような感じで、常にドキドキしていて、現実とTVで見た物を混同してしまったと思うのですが、2か月程頑張ってみたのですが、なによりも眠くならない、眠れない、つねに頭痛と息苦しさは耐え難く記憶力もなくなり、ちょっとの事も覚えられなくなりました。

近くの心療内科に行って、薬を貰ったのですが、やはりカウンセリングは余りなく薬で少し寝たと思っても、最初だけでやはり眠れず、自分の心と身体が自分の物ではないみたいです。頭痛は日々重くなり物音が凄く響きます。光がまぶしくて眼が疲れるし、起きているのもつらいです。何をするにも身体が動かないで、1日をこなすのもやっとです。

毎日ほとんど眠れないからか、自分の頭と身体が自分のものではないみたいです。頭痛と動悸は日々重くなり、物音がとても頭に響きます。眼を開けてるのも疲れるし起きているのも辛い事が多くなってきました。横になっても動悸がする、一日をこなすのもやっとです。感情が日々無くなり、喜怒哀楽がなくなって、不思議です。

シャワー、歯磨き、洗顔すらなかなか出来ません。悪循環におちいり、自分を追い込み自分自身を疲れさせ、自分で自分の事を、どんどん鬱状態に追い込んできたのだと思います。そしてみんなに多大な迷惑をかけ続けていて最低です。私は進歩もしない人間です。済みませんでした。

感情も日々無くなってきて、今まで37年、こんな風になったことが無かったので、こんな人間だと分かって居たら○君にも、○○にも取り返しがつかない思いをさせずに済んだのだと思い、それよりここまで心を砕いて私を育ててくれた母に、申し訳ないと思います。ママ、こんな最低な娘を許さないで下さい。

今回の事は本当に自分ではどうしようもできなかったよ。私はストレスは解消して、強い人間だったと思うのですが、そうでなかったんだね。ごめんなさい、ごめんなさい。私はママの子で良かったよ。ほんとうに、なのにごめんね。

ごめんなさい。私は弱い人間でした。大切な人たちの為にも何とか頑張りたいと思って耐えていたのですが無理でした。育児だけでも大変なのに、こんな状態の上で、それをこなすのは私には無理でした。無責任過ぎますが、私には耐えられませんでした。

生きてても迷惑をかける、死んでも迷惑をかける、私のせいで皆を不幸にしてしまいごめんなさい。本当に弱い、身勝手な人間でごめんなさい。

ママ、本当にどれだけ貴女が心を砕いて私を育ててくれたか、それに報いる事が出来ずに済みません。迷惑と言う言葉をはるかに超えた裏切りです。本当に感謝しています。なのに、こんな事をしてしまうなんて、最低の娘です。弱い子でごめんなさい。最高のお母さんありがとう。

睡眠剤も効かなくなってきた。手足がしびれている。私はどうしたら良いのだろう。頭も身体も思うように働かない。今朝も酷い状況だ。もう頑張れない。○○が「お母さーん」って呼んでくれる日が待ち遠しい。可愛い○○の成長を見守りたい。こんなに苦しいのは生まれて初めてだ。

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  1. 2012/11/21(水) 02:44:27|
  2. 投稿-産後うつ娘さんのメモ
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薬物依存とアディクション精神医学

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  1. 2012/11/21(水) 00:12:32|
  2. 被害者にならない為の知識

薬物中毒死と精神医療

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  1. 2012/11/21(水) 00:08:59|
  2. 死者に学ばぬ国

雅子様への手紙

親愛なる 雅子様

 わたくしのような、ごく一般人が、お手紙をお書きする事がなんの意味があろうか・・と思いつつ、しかし、しばしこの紙切れに目を通していただけることを頭に思い描きながら、書かせていただきます。読み終わった頃に、私の言わんとする所が分かっていただけたら幸いです。

 私は、小4と小5の息子の母親で、離婚歴があります。住まいはとある九州の田舎町、田園風景のなか暮らしています。以前は居住地役場で職員として働いていましたが、ある病に9年前からかかり、今年の3月末に退職いたしました。病のきっかけは、それは約9年前に遡ります。離婚、借金、夜は乳飲み子におっぱいを与えながらの勤務、職場でのパワハラ・・・あげればきりがない様々な苦悩の中にいて、当然の成り行きか体調を崩しました。全身検査するも原因がわからず、主治医は自律神経失調症と診断、心療内科への受診を薦めました。はじめは、少しぐっすりと眠られたらそれでよかったので、処方された睡眠薬を服用しましたが、その頃出現していた自律神経失調症状が眠剤で少し眠れた位ではどうにも回復できず、精神科医は変薬、増薬を薦めました。その頃はまだばりばり働いていましたので、何とか症状を抑えながらでも勤務できる道をと、医師に言われるがまま服薬をしました。しかし、体重の急激な増減、さらなる症状の悪化と、ころころと石が坂道をころげ落ちていくかのように心身両面コントロールがきかなくなりました。症状の悪化、薬の多剤処方、さらなる症状に対する増薬・・・その流れが数年続き、とうとうこのての薬剤については最も出てはならない副作用、遅発性ジスキネジアを煩うことになりました。それが今から約5年前のことです。つまり、服薬開始から4年半くらい経過していました。そのような状況で、何が当時出来たか・・・今となっては答えは簡単でも、当時はとにかく日々必死だったと言うことだけは確かでした。ここまで書いてきて、私が何を雅子様にお伝えしたいのかきっとまだわかっていただけないと思いますが、もうしばらく発症当時の私の状況を遡って詳しく書かせていただきます。

 私は年子で、二人の息子を帝王切開で出産しました。傷口もまだ生々しい時期に仕事に復帰し、ほとんど夜も育児で眠れない状態で仕事をしましたので、症状が出始めた頃は眠れず、こどもの声も昼夜聞こえるようで、とにかく眠りたかったのです。当時の主治医に処方された安定剤は眠剤の役目もあるもので、服薬した瞬間はしばらく落ちついた精神状態で数時間は記憶なく眠れたようでした。しかし、日常が何ら変わらない環境の中、服薬量は増えていき、常に口の中に入れておかなければならない状況で仕事をしていました。

 しかし、直ぐに睡眠もほとんどとれなくなり、主治医は抗うつ薬を薦めました。私は、ただただ何とか生活を維持するために、薦められるがまま服薬しました。それからが地獄の始まり、症状は服薬動機がなんだったかわからなくなるほど、ものすごい副作用に襲われることになり、体重がみるみる落ちていきました。しかし、考えていることがうまくまとまらない症状も強まっていたことで、様々なストレスを考えないような思考回路になっていたことが幸いして、呪文のように何とかなると言い聞かせる事で仕事を続けられていました。それでも体調が悪いときは、休職願を出し、休職する事でつなげていく日々となり・・・。そうしていく生活も、ある状況で見直さざるを得なくなりました。最も恐れていた遅発性ジスキネジア症状の出現です。

 これを当時医師は認めず、さらなる投薬をと言われましたが、これでは薬で私の人生はどうなるのかという不安がやっとの所よぎり、必死にネットや書物を読みあさり、この場合現在の医療では治療方法が確立されておらず、減断薬して様子をみるとあり、そのサポートをしてもらえる所を見つけはしたものの見つからず、自力で減薬していくことにしました。その際参考にしたのは、外国の精神薬関連の情報をネットで検索し、その中で見つけた論文を元に減薬計画を立て、実行しました。その間、様々な離脱症状を経験、副作用と合わさって、それは筆舌に尽くし難いものでした。もはや人間ではなかったと思います。その頃子育ては両親にお願いせざるを得ない状況で、ほとんどを休職して症状を乗り越える時間に充てざるを得なくなりました。その頃必死に精神薬について調べていくうちに、私の体に起こっていることは、私の病からと言うよりも、精神薬の性質に由来するものが多いことを知りました。薬の耐性により増薬が必要であること、依存性があること、離脱症状が人によっては出現すること、これらの性質により断薬完治は難しいこと・・・それまで治ると信じてきた事が、一気に死へ近づいている状況であると知り、体ががくがくと震えるほどの衝撃を受けたことを今でも覚えています。

 私が経験している遅発性ジスキネジアは、非可逆性の症状で西洋医学ではもう完治は望めないとされているものです。私は精神科受診当初、治りたいために次々の増薬を受け入れ、治りたいがために医師の言葉を信じてまじめに服用しました。にもかかわらず、最後は障害者になっていたのです。

 生きる希望を無くし、何度か自殺未遂を経験したとき、東洋医学に出会いました。心身両面からのケア、手当、そして魂のレベルから症状をとらえるその世界観、奥深さに私はいやされ、回復し、今ようやく簡単な仕事が出来るまでに回復しています。西洋薬は決して万能ではなく、時に使い方を間違えたらとんでもない状況を生むことを経験してから、特に精神科の薬に関しては、これは決して治療薬では無く、魂の叫びにふたをするだけだと確信しました。しかし、もちろん西洋薬を全否定しているわけではありません。

 雅子様が、薬物治療で完治を目指されていることは情報番組から知っています。しかし、私は、精神の病は薬などによってではなく、他の手だてが必要だと経験から知っています。心は、心によってしか癒されず、身体の回復は、心の回復によってのみ治癒に導かれるものであるのだと。であれば、雅子様は、どこに心の傷があるのか、どこに原因がありそれを取り除く必要があるのか、もしも実際に取り除く事が不可能なら、どのような心の癒やしがあればいいのか、そこを丁寧に、しかし深く考えていく必要があると思います。

 雅子様のお立場を思うと、自分は代わることは出来ずとも、同じ精神薬を服薬してきた私としては、とても胸が痛く苦しい状況であることは容易に想像できます。そして、その状況で私のように自己責任で断薬を安易におすすめすることも出来ません。しかし、今のままでは何らかの形で大幅に見直さなければならない状況がくることは明らかだと思うのです。ある医師は、私にオフレコと言いながら、精神薬が身体に合わなくてよかった、かえって何も無いなら一生飲む羽目になったでしょうと言いました。しばらくして、東洋医学での完治を目指すことを、理解しサポートいただける医師にも出会いました。そして実際東洋医学の治療を受けることで不治と言われた症状も回復しつつある現実に行きついた今では、私はなぜ回復してきたのかと考えると、自分がその道を望んだ瞬間からその道がご縁という形でやってきたということなのだと分かります。私が望まなければ、今世をもう生きていなかったかもしれないし、不治の病を抱え、絶望の中にいたかもしれない。しかし、私の魂はまだまだに生きたくて、こども達の笑顔といたくて、そして出逢いを引き寄せたのだと思います。人生は、自分次第でいかようにも変わるし、変えることが出来ます。逆に言えば、自分しか変えられません。必ず最善の方法が、求めたときから向こうからやってきます。

 どうか、雅子様とこの手紙とがご縁があり、雅子様の病が癒されるきっかけとなりますように。

40代主婦
  1. 2012/11/16(金) 00:40:30|
  2. 投稿-雅子様への手紙
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