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被害者にならない為の知識-精神薬を学ぶ-

精神医療被害連絡会 公式メールマガジンユーザーの為のブログです。

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離脱を助ける漢方の処方(投稿)

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  1. 2013/01/20(日) 17:25:51|
  2. 漢方

少しずつ死に近づく向精神薬400万ユーザー達

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  1. 2013/01/20(日) 17:18:14|
  2. 死者に学ばぬ国

障害者の人権

私も昨年専門職資格を得て働こうと、あちこちの職場を受けて面接に行ったり、実際に働きに行ったりしていましたが、
そこでも精神医療の過剰投薬やいい加減な診察、福祉現場での専門職の意識レベルの低さや公然と行われている差別偏見に嫌気がさしてしまい、
どこに行ってもこの状態は同じなのだろうと諦めながら、次に自分はどこでどんな仕事がしたいのだろうかと昨年後半はしばらく仕事をせずにずっと考えていました。
現在は少しずつ自宅近くの児童デイケアセンターで臨時パート職員として働いていますが、今月はさらにヘルパー2級資格を取りに行き、
さらに幅広く障害者と接していけるように専門知識を持って働く準備をすることにしています。
しかし、私がこれからこの2つの資格を持って働くとすれば、やはり精神障害者の人権問題について働きたいと思っています。
もしそのようなことに取り組む専門機関が通えるところで立ち上がるのなら、そこで働きたいと思っています。
まだなかなか存在しませんが、むしろ司法の分野で弁護士などが動いているケースが多いようなので、福祉関係者がもっとこのことに関心を持っていただき、
連携して相談窓口を立ち上げたり、精神医療に対する疑問点や誤った概念を正していく啓発活動などを行って行けるような法人が全国に立ち上がっていくことを望んでいます。
欧米では日本で行われているような精神科医療が信じられないほどおかしいことが指摘されているのです。
しかし日本人の多くはそのおかしさに気付いていません。
現に私の周りでも、自分のかかった精神科主治医を信じ切って、治してくれる先生だと言って大量の薬を飲んだら治ると信じて飲み続けている知り合いが多数います。
私の実妹もその一人です。妹もうつで精神科にかかって長いです。幸い薬はたくさんは飲んでいませんが、依存性の高い薬を飲み続けています。
症状があるから飲まなければならない、症状を抑えている薬だから飲み続けなければならない、本当にそうでしょうか?
私が大切だと思うのは、今ずっと話を聞いている友人の彼を通じても言えるのですが、やはり話をじっくりと聞いてもらえる人が必要なのだと思っています。
話を聞いてもらうことで90パーセントぐらいは気持ちが落ち付いて気持ちの不安が解決するのだと言います。
私も気持ちに余裕がない時はなかなか落ち着いて聞くということができず、彼が不安になって状態が悪くなっている時に話を十分に聞くことができず、
よく喧嘩になっていますが、それでも話を聴くということで彼は落ち着いてくるのです。
薬がなくても、話を聞いてくれる人がいれば、彼らは孤独に陥らず、不安な気持ちになることもなく、つながりを持って生きているという感を持ち続けることができるのだと思います。
そういう原点を見失っている状態で、精神保健福祉分野でも患者に対して薬をちゃんと飲んでいるか、主治医の指示に従っているか、ということに固守して、
ろくに話を聴くということもせずにあちこちの機関に回したり、主治医の指示がないと自分たちの判断で動かすこともできないと言って、
患者の意思を全く無視してロボットのように動かしているのです。
しかも患者や利用者たちのことは、精神障害で物を言っているのだから、まともに話を聞いてはいけないといったことを実習生にまで吹き込んでいるわけです。
これだけでもどれだけの偏見を何も知らない一般人に植え付けているのかわかりません。
私もそれを本当にまともに信じそうになりました。
しかし、私が実習で出会った利用者たちがあまりにも普通に接してくださって、何も病気で物を言っているようには聞こえてこないし、
そのようにも見えなかったのでかえって驚いたほどでした。
それでいろいろ話を聞いているうちに、彼らの殆どが少し前まで健常で元気に外で働いていて、何か人間関係や環境などでおかしくなってしまい、
夜寝られなくなったり、不安になったりしたことで医者に初めてかかったことでもらった薬を飲み続けたり、病院に入院したりすることが増えてしまい、
本当の精神障害者にさせられてきているんだということがわかってきたのです。
中には元々発達障害があって、それが原因で人間関係がうまく保つことができず、親や家族からも理解してもらえず、精神障害に至っている人も半数近くいる状態です。

私には二人息子がいます。
長男は高校生で自閉症です。次男は発達障害で学習障害と軽度の自閉症があり、人間関係を築くのに難しさを持っています。
その兼ね合いで長年自閉症や発達障害について親の立場から勉強してきました。
そして、長男の子育ての頃にはまだ駆け出しだった自閉症や発達障害者への支援について、子育てと共に受けながらその現状を見てきました。
私が元々PSWを取ったいきさつは、私と同じように障害を持った子どもたちを育てている親たちが、実に多く自分の子どもの障害を受け入れることができず、
精神障害に陥っていることや精神医療に足を踏み込んで行っている現状を重くみて、以前私も息子の障害を受け入れられずに苦しみ続けた過去を持っていることで、
その悩みを共有できることは、同じ立場の親としてではなく、専門職の資格を持って親としての立場もわかるようになって、
少しでも助けることができればと思って目指したのです。
親に発達障害がある人も少なくなく、障害のある子どもたちを満足に育てることができない親も少なくありません。
また、障害のある子どもたちを抱えて苦しさのあまりに虐待をし続ける親たちも少なくないのです。
障害のある子どもが生まれたことで、父親が浮気をして家を出ていったケースもいくつも見てきました。母親が一人で障害のお子さんを育てているのです。
そういう母親たちがおかしくなりながらも精神科に足を運ぶ前に支援を受けられるところすらないのです。
私はそのことも本当に何とかしなければならないと考えています。
実習で行った作業所にも母親でありながら、子どもさんを児童福祉施設に入れて育ててもらうしかない状態に陥っている人に何人か会いました。
このお母さんたちが子どもたちを引き取って元の生活ができるようになるためにも、簡単にいい加減な診察が行われている精神科医療について見直す必要があると思っています。

また、自閉症や発達障害者の当事者の皆さんにもたくさん出会ってきました。
息子の関係で本当に多くの仲間たちに出会ってくることができたのも、何かの縁だと思います。
そこに家庭環境の大切さというものがその彼らの状態を大きく変えるのだということも痛感してきました。
彼らの居場所が家庭にない場合、彼らは本当に追い詰められて精神障害を発症することになります。
職場よりも家庭での理解がない場合の方が深刻だと言えるでしょう。
普通に学校も卒業して、一流企業で働いて、そこで挫折を味わっておかしくなる人もたくさんいるのです。
しかし家族はそれが受け入れられないし、にわかに信じることが到底できないわけです。
妹の病気のことでさらに見てきたのは、結婚事情になるとさらに深刻なのです。
お見合い市場には実にたくさんの自閉症や発達障害者の方々が登録をしているのです。
本人が登録しているというよりは、親が心配して登録をしているケースが多いと言えると思います。
釣り書きは立派ですが、会ってみるととてもじゃないけれど言葉が通じなかったり、常識概念がなかったり、コミュニケーション能力がないだけでなく、生活全般にかかる
一切の不自由さを抱えていることが短時間で見えるということなのです。しかしそれを親たちは気付いていないことがほとんどなのです。
お見合いの失敗や挫折を抱えさせることで本人たちは自信をなくすということの連続が続くことは、大きな負担につながっていくのです。
特に障害があっても恋愛というものにはとても多感な年ごろの人たちにとって、人との出会いがうまくいかないことは精神的にかなりのダメージを受けることになっていきます。
親たちがもっと自分の子どもたちの状態について勉強し、把握して知識を持って対処していくことが大切なのに、
世間体や体裁ばかりにこだわって、子どもたち自身の状態に立って考えるということができていないのが現状だと言えると思います。
精神障害者の家族会や障害者の親の会を見ていても、親たちは自分たちの子育ての苦労ばかりをねぎらうばかりで、子どもたちの大変さのせいで・・という気持ちで、
本当の意味で子どもたちのための親の会ではないのを感じます。
親たちが一生懸命自分の子どもたちの障害について考えたり、勉強したり、理解したりということがなかなかできていない会が多く見受けられます。
その結果、親の会に親が入っていても、子どもたちにとっては何もプラスになっていないといったことが多く、
私から見ても何のための親の会なのかわからないのです。
私は自分が障害児の親なので、どうしても親の立場から親の会も福祉の現場も当事者のことも見てしまうので、そこで葛藤がどうしても起きてしまいがちです。
だから、見えなくてもいいところまで見えてしまうところがあるのですが、反対に皆さんが見えないところも見えるのだろうと思っています。
精神の問題は本当に根深く、そして実に身近なところにまで及んでいるのがよくわかります。

  1. 2013/01/10(木) 22:06:02|
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優秀な医師


薬を使わない優秀な医師

長男の主治医の先生ですが、〇〇市児童福祉センター診療所発達外来の〇〇先生(児童精神科)です。
先生は以前1年間、〇〇にある発達クリニックの方に研修で出ておられました。
全国でも数少なかった児童精神科医の先駆的な時期から自閉症や発達障害、知的障害の医療に携わって来られました。
おそらく児童精神科医の中でも、かなりの変わり種だと思うのですが、本当にマイペースでいつもおおらかに子どもたちを受け入れながら治療や指導をしてくださってきました。
息子の今があるのも、そして、息子の特技をここまで伸ばしてくださって可能性を引き出してプロの手前まで育てるチャンスを下さったのも、すべてこの先生のお陰です。
大切なのはこの先生の、「子どもたちの今をありのままに受け入れる」という姿勢なんだと思います。
長い年月つきあっていかなければならない障害のこと、薬に頼れば薬漬けになってしまう、それは本人にとっても親にとっても不幸なことである、
それよりも落ち付いて過ごせる環境を整える方がまず大切なのだということをいつもおっしゃって来られました。
そのための部屋の構造化、目で見てわかる視覚支援、欧米でも使われているプログラムの導入など、本当に基礎的なところから教えていただいてきました。

こういう先生も中にはおられるんです。
本当に出会いだと思います。
小さな子どもたちが長い人生をこれから歩もうとしている大切な位置におられるだけに、
子どもたちが薬漬けになることだけは絶対にあってはならない責任重大なポストだと思います。
すべての児童精神科医が本当に責任を持って対応してくださることを願ってやみません。
そしてもう一つ大切なのは、このような子どもたちが18歳になれば主治医を精神科に引き継がれることになります。
必ず18歳以降も連携しながら子どもたちを終身見守って、決して間違った医療に進むことのないようにしていただきたいと思うのです。
長男も今年18歳です。
今年、次の主治医に引き継がれる話があると思います。
いろいろな不安がありますが、必ず先生がこれからも見守ってくださっていることを信じたいと思っているところです。
  1. 2013/01/10(木) 21:50:50|
  2. 投稿-母親からのメール
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障碍児の母親として


まだまだわからないことも多く、薬害の実態もつかめていません。
しかし、以前からおかしいと思っていたことが今はやっぱりおかしかったのだという思いでいっぱいです。

確かに今の支援というものは、医者の診断がなければ何も始まらないシステムです。
息子の支援も自閉症という診断がなければ受けさせて貰えないということに疑問を感じたものでした。
ただ、主治医の先生が「薬を飲んだから治るというものではない、風邪のようにかかったから治るというものではない」とおっしゃって、
薬をむやみやたらに処方する方針でなかったのが幸いでした。
今の診断基準がDSM4やDSM5に基づいているものではあることは私も知っています。
あの診断基準に著しい問題があることも大学に在学している時に一応学びました。
診断基準に頼り過ぎて、患者本人の様子を正しく判断しないで、その場で見ただけで、その基準にあてはめ、その時に語られたことだけを鵜呑みにして、
状態をカルテに書き記して行き、適当に診断を下して適当に薬を出している実態です。
今までいろいろな発達障害児という子どもたちに出会ってきていますが、ただ環境が合わないとか、しんどくて一生懸命人に伝えようと表現しているだけなのに、
それが症状だと勘違いされてきていることで、やたらと診断名がつくことでさらに環境が悪化していることもわかってきました。
その子どもたちが大人たちの都合で静かにさせようと薬が投与され、やがて飲み続けることでいろいろな副作用が出てきて、
それが環境のせいだとか、その子の障害の症状だとかいうことでさらに過剰に診断が続くわけです。
目で見ても様子が変わって、目がうつろになり、表情がなくなり、別人と化すようになっても大人たちは気付かないわけです。
しかしはたから見れば、それが発達障害の症状なのだ、いや、精神障害も二次的に起きてきているのだと片づけられてしまっていて、
その陰に誤診による過剰診断であったり、薬害で精神症状をきたしているという事実まではなかなか気付かれないんですよね。
それを仮に本人が訴えたとしても、なかなか信じてもらえない、精神症状が言わせていることだからということで片づけられているわけです。
大人の精神障害だと言われている人も、いったいどれだけの人が正しく診断をもらっているのでしょうか?
今の特別支援教育についても大きな疑問を持っています。
結局現場教師の指導能力がないことを棚上げにして、手のかかる面倒な子どもたちはあっちへやってしまう、
はみだしている子どもたちを特別扱いにしてはじき出すためにふるいにかけているだけに過ぎないと思うのです。
欧米で行われている特別支援教育というものは、何も障害を重視した特殊扱いではなく、むしろ大多数の子どもたちにない特殊な才能を持った子どもたちに対して、
整えられた環境でその力を存分伸ばして、ゆくゆくは国の先進的な技術に貢献させるために大切に育てて行くということに重きを置いているわけです。
日本でもそのように大多数の子どもたちにない特殊な才能に恵まれている子どもたちが確かに存在しているのです。
その子どもたちが生きづらさを抱えて狭い空間で耐えながら生きている現状です。
誰からも理解されず、苦しみ続けているのです。
しかしこういった子どもたちを国全体で大切に育てていけば、この国の景気や将来はどれだけ明るいものになっていくのだろうかと思うのです。
宝を大切にしなければ、どんどん国はだめになっていくと思うのです。
目先の富やできることにばかり目がいって、都合の悪いことは何でも診断任せにし、それですべて片づけてしまう、
その子の持っている可能性まですべて否定されて、日の目を見ることもなくなってしまうわけです。
子どもたちを間違った特別支援教育でだめにされたくない、私は親として最低限二人の息子のために守り抜いてきました。
あと1年ずつ、今年は高校、中学と最後の年になりましたが、二人とも生きづらさを抱えながらものびのびと自分に合った環境で、安心して暮らせるように、
あえてそれぞれ特別支援学校、特別支援学級での生活をすることを選んでいます。
特に通常学級に今年度まで在籍し、残りの1年を特別支援学級で過ごすことを選んだ下の息子については、通常学級での生活がもう限界でした。
息子は特別支援学級に行くことを最後まで拒んでいましたが、息子の精神状態を見てこれ以上ここに置いておくのは危険だと判断したのです。
頑張りすぎて精神状態がかなり不安定になっていることを担任が知らせてきたのですが、息子はその時の気持ちを私に伝えました。
私はこのままの状態が続けば、精神状態が持たなくなる、精神科に行くことだけは絶対に防止しなければならない、
そのために予防するために特別支援学級に避難することもありなんだということを話しました。
息子は年頃で友達や女の子の友達から自分が障害があるために通常学級での生活が無理で、来年から特別支援学級に行かなければならないということを伝えるのに、
とても悩んだ末、友達にはちゃんと話し、友達はみんな自分が決めた道なんだから、自分に合ったところで過ごすのが一番だと思うと言ってくれたそうです。
今は息子は特別支援学級に行くことを決心し、今年1年の過ごし方も考えて目指す高校に向けてじっくりと準備したいと言っています。
環境の悪いところで追われながら生活をしてきて、その結果精神状態が悪くなって、先生から精神科受診を言われ、
そこで本当に受診していたらどんなことになっていたかと思うのです。
それよりも息子がよくがんばったことをねぎらい、これからのことを考えてこれ以上精神状態が悪くなることを予防することをまず考えなくてはならない、
そのためには特殊扱いとされる特別支援学級にはじき出されてしまうのではなく、避難して自分本来の力を十分出させて1年を過ごさせる方がよほど意味のある1年だと思ったのです。
息子には本当に話すことに時間がかかりました。
でもこれでまた一段と親子でじっくりと向き合うことができたと思っています。
診断や薬で解決することは簡単です。
うちの場合、主治医の診察はあくまでも相談ではなく、経過報告です。
相談するよりも前に今現在どうすればいいか、まずは環境を整えることでほとんどが解決してしまうからです。
だから薬など一切いらなかったのだと思います。
ちなみに主治医はうちの子の事例を学会に報告している次第です。
診断で何もかもが片づけられてしまうことに疑問を呈して、診断以上に息子たちの変化や成長をまず見てほしいと思うのです。
本当に周りの環境一つでこんなにも変わっていくのかという実感は今、友人を見ていても痛感しています。
環境って本当に大切だなあって思います。
いい主治医に恵まれたこともよかったのだと思います。
この主治医にずっと育てられてきた上の息子は、主治医の紹介で切り絵という才能を見いだしてもらい、
今ではアーティストとして年間3~4回個展や作品展を開き、賞を取るまでになりました。
一足お先に就労先も決まり、切り絵や作品を作る工房での仕事に1年後就くことが決まりました。
目的のある人生を送れることは、人間として生きて行く中でどれだけ大切なことでしょうか?
私は日々そのことを考えさせられています。
  1. 2013/01/10(木) 21:46:34|
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PSWとして目にしたこと


PSWとして目にしたこと

私は兵庫県在住の45歳の女性です。
この歳で3年間大学の通信課程で福祉について学び、昨年PSW資格を、今年の春社会福祉士の資格を取りました。
現場での実務経験はまだ本当に少なく、実習で精神のB型作業所、系列の地域活動支援センターで半年勤務、精神のA型作業所で2ヶ月勤務といったところです。

短い期間、転々としてきたのですが、そこで仕事が続かなかったのには深い訳があります。
それは、精神障害者当事者に対する福祉現場の職員対応のお粗末さが表向きの理由です。
しかしながら、もう一つの理由として、当事者彼ら一人一人にじっくり向き合う必要性があるにも関わらず、
人間として扱うことすら十分整っていない環境であり、当事者の皆さんがそのことに傷ついていること、
社会への自立もままならない中、福祉を頼って自立へかすかな希望を持ちながらかろうじてやってきている場で、
十分な扱いも受けられず苦しみ続けている姿を見て、福祉という大きな組織の中で私自身が資格を持ちながらできることは限られており、
現在の体制では、彼らの力になることは無理だと思ったのです。

掲示版にお書きしたように、私は今かつて当たり前のように一人の人間として普通に生活していた人が、
精神科医にかかり、そこで虫けらのように扱われ、平気で騙されたのを正そうとして逆に警察に通報され、医療保護入院で強制的に病院にぶちこまれ、
閉鎖病棟でひどい拷問虐待を受け、さらに大量の薬剤を投与され、薬漬けにされながら死にかけながら作業所にやってきて、
自分が必死で書いてきた体験談を私に読ませたことでこの問題の深刻さについて知りました。

職員と利用者という立場の間柄ではなかなか見えて来ないことも多く、さらにこの問題について考えたいと思い、
公的立場である資格を利用した専門職の立場をはずれ、継続してこの利用者さんと友人としてつながってこの1年余り見てきました。
正直言って、公的立場をはずれなければこの問題ははっきり見えてくるものではないと思います。
それは資格に基づく規定としてもはっきりと職員と利用者という立場を超えてはならないと言うことが明記されているわけですし、
やはり一人の利用者の事例にとらわれて、そのことだけに支援をするということは公的立場では困難なことだからです。
しかしながら、彼の事例はあまりにもひどく、決して見過ごしにできるものではないと思いました。
彼の事例こそ、今の社会がひた隠しにしている真に迫る精神障害者が置かれている実情なのだと思ったのです。

私は彼が体験したことのほとんど何も知らないところで同じだけの年数を生きてきました。
目の前で語られることが、あまりにも理解に苦しみ、私自身が当たり前だと思っていることも当たり前でない、
本当に人間として生きることも許されてこなかった人生であり、私自身もさらにその一つ一つが理解できず苦しみ続けた1年余りでした。
泣きながら、怒りをぶつけながら、何度大げんかして、もうこんなことしんどいからやめてやろうと思ったか知れません。
それでも彼にとっては、今唯一社会自立に向けて自信を取り戻しつつある希望の光が私だというのです。
何十年も死んだような人生を送ってきて、大量の薬に左右されて、やがて自分も死ぬのを待つだけの日々を送り続けて、
やっと長いトンネルから抜け出す方法を見つけ出してきているといったところでしょうか。

一進一退は繰り返しているものの、1年前に出会った時から比べると症状も随分治まり、
落ち込む状態に陥っても、自力で立ち上がるのに時間がかからなくなってきていること、
しんどくて冬の間は特に行くこともままならなかった作業所へも、最近では随分通える日数も頻繁になり、長い時間働くことも可能になってきました。
出かけても疲れ方が以前ほど残らなくなってきており、今では片道2時間半かかる主治医への通院も体力的に持つようになってきました。

私が知っている限りの短い期間でこれほどまで回復してきていることの大きな理由が考えられるとすれば、
やはりまず薬が大きく減ったことが考えられるのです。

彼は長い間かかっていた主治医がおりました。
一番最後に入院していた病院でかかった主治医が、独立開業したのでそのままその先生にかかっておりました。
彼は先生の人柄に惹かれて、その先生が処方して下さる薬が自分に本当に合ったものだし、先生もよく自分の体調などを調べて出して下さっているものだから、
先生の出して下さったものは安全なものだし、飲んでいると調子もいいので減らすつもりもないし、このままでいいと言っていました。

しかし私は1日20種類も17年間に渡って飲まされて、そのままにされていることがとても気がかりでした。
何よりもいつもふらふらになりながら、見るからに病人でいつも眠いのかろれつも回らない状態で必死で作業所に来ていたのが今でも忘れられません。
会っている時は何とか持っているものの、家ではしんどくてほとんど寝たきり状態、具体的にどうしんどいのか聞いてみると、神経障害、強迫神経症、目が眩しい、
聴覚が過敏、頭痛、腹痛、吐き気などがあるということでした。
まさかその時はそれが薬の副作用だなんてことは思ってもみなかったのですが、その時は彼の障害の症状はこういう症状があると思い込んでいました。
それが精神障害そのものでなく、薬の副作用を疑ったのは、彼が新聞の片隅に内海先生の書かれた「精神科医はやりたい放題」という本があるのを見付け、
自分は読むのが大変なので私に代わりに読んで内容を聴かせてほしいということをお願いしてきたことからでした。
本を読ませていただき、ああやっぱりか・・と思いました。

精神医薬が開発されてまだそんなに歴史がない中で、そろそろ20年になろうとしているが、多剤服用した人たちが突然死んでいる、
そういう結果が伏せられ続けながら、実態として浮き彫りになってきていることを知り、
彼はもう17年間も1日に20種類もの薬を平気で飲まされている、彼はそのことを信頼している医者からの薬だと言って信じ切って飲んでいる、
そのことに大変な危機感を持ったことでした。
彼が内海先生の本を見付けたことは何かの縁だと思い、そこから一気に断薬治療の必要性を彼に諭して仕向けていったのでした。
彼が訴えてきているしんどい症状の大半は、薬による副作用が疑われる、今どんな薬を処方されて、どんな副作用があるのかすべて調べました。
依存症が疑われる薬だけでも9種類、睡眠薬だけでも6種類、こんなに飲んでいれば睡眠薬だけでも昼間起きているのが困難だろうと。

しかしなぜこれだけの量の睡眠薬が処方されているかというと、これは彼が教えてくれたのですが、
結局医者も家族も自分が暴れられると困るし、手がかかるので、眠らせておとなしくさせるために、大量の睡眠薬を投与して落ち付けさせるためなのだと言います。
このために頭が回らなくなり、日常生活がままならなくなり、とても人間としての生活ができる状態でなくなることで生きる権利が奪われていると言います。
そこまでされてなぜいくら人柄がいいからって、今の主治医にかかっている意味があるのか問いつめました。
私も診察にはついて行っていました。主治医の先生のことも知っています。
人柄のいい先生ではあるのです、でも彼が一生懸命状態を説明して薬を減らしてほしいとお願いしても、先生は減らすことをしませんでした。
理由は簡単です、減らして何か悪い状態になって、自分が訴えられるようなことになってもらっては困る、薬代や診察代で儲けているので患者がよくなって
通院が減ると言うのでは都合が悪いというところなのです。
このままでは彼は騙されたままこの先生や薬に殺される、先がない、この先生では薬を減らすということはできないということを見限って、
私は必死で断薬治療を行っている医療機関を通える範囲で探し回りました。
ここまでくれば彼も事の重大さに気付き、真剣に薬を減らして本当に元気になりたいと思い始め、遠いところでも通って断薬治療に臨むことを決意しました。

なかなか表向きには公開されていない断薬治療の機関なのですが、唯一それらしい機関をネットで見付け、彼にそれを知らせました。
薬を減らして元気になれるのなら、もう一度元気になりたい、元気になったらもう一度働いて自分の足で生きてみたい、
苦しんでいる仲間たちを助ける側に回って活動できるようになりたい、強い思いを持って今までかかってきた主治医の元を去り、
断薬治療を行っている医療機関に今年8月からかかって、20種類飲んでいた薬をいきなり13種類まで減らされて4カ月間ここまで状態を見ているところです。

いきなり7種類抜かれたので驚いたのですが、抜かれた当初4週間ほどは体調もすぐれず随分苦しんでいましたが、
これも治るための第一歩で、乗り越えなければならないと思っていたことだったのか、今までのしんどい様子から見ても意外にあっさり慣れた様子でした。
現在4ヶ月目なのですが、随分以前と様子が違っているのがわかります。
とにかくふらふらで病人のように顔色も悪く苦しそうで倒れそうだったのが、今は別人のようにまっすぐ立って、はっきり自分の意思を持っているのです。
何よりも今は会っている限り、病人にも障害者にも見えず、どこから見ても一人の年相応の人間なのです。
まだまだ療養は必要で、家にいる間は親との関係も悪く、決して環境的に良くない状況が続いているのですが、
それでも彼は自分の健康管理ができるようになり、ただ寝たきりだったのが今は同じように寝ることも健康のためのものでコントロールしながら、
自分に必要な睡眠時間を取って生活できるようになってきています。
7種類薬を抜かれただけで、これだけの効果が出てきているのです。
しかもたった4ヶ月で変わってきているのです。
これをどう見るでしょうか?

年明けからはさらに断薬が進むことになりそうです。
現在の状態で回復が見えてきていることに、一時は生きることにさえ絶望を抱いていた彼も、大きな自信と希望を持ち始めています。
今はまだ文字や文章を読むこともしんどく、パソコンもできる環境にないので、私が代わってここまで書いてきていますが、
さらに状態がよくなって、彼自身が皆さんと話ができるようになる日もそう遠くないと見ています。
  1. 2013/01/10(木) 21:34:43|
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SSRI副作用と減薬

■SSRI副作用

精神科治療学多剤大量処方特集2月号
「気分障害治療における多剤併用がもたらす精神症状の複雑化-田島治医師」より引用

重篤な希死念慮の無かった6例のうつ病患者にフルボキサミン(ルボックス、デプロメール)を投与したところ、

これまで経験したことのない強度かつ暴力的な希死念慮のとらわれが2~7週間後に出現した。この状態は、フル

ボキサミンの中止後、3日間~3か月持続した。

SSRI割賦症候群
1. 希死念慮のあるうつ病患者を割賦
2. うつ病が逆に悪化
3. アカシジア(強い焦燥と運動不穏)の惹起
4. パニックと不安の惹起
5. 躁や躁鬱混合状態の惹起
6. 不眠や睡眠構造の障害の惹起
7. 強迫的な自殺へのとらわれの惹起
8. 敵意を伴うボーダーライン状態の惹起
9. 脳波活動の変容の惹起

抗うつ剤の長期投与で生じる問題
・逆説効果(うつの悪化)
・双極性障害における抗うつ剤誘発性スイッチ
・抗うつ剤に対する耐性の出現
・種々の離脱反応の出現
-離脱による気分の正常化
-抗うつ剤中止による気分効用
-抗うつ薬離脱躁病・軽躁病(気分安定剤併用下でも出現)
-抗うつ剤の長期投与による脳の変化が元に戻るのには抗うつ剤離脱後も数か月以上かかる。

SSRIによる情動変化
1. 全般的な情動の変化
-全情動の強さが低下ないし情動欠如、情動平板化ないし鈍麻
-感情より思考に、感情の理解が困難に
-感情が偽者で人工的に感じる、情動コントロールが容易に
2. 要請感情の低下
-強さと頻度が低下(興奮、喜び、楽しさ、愛情、情熱、熱狂いずれも)
3. 陰性感情の低下
-強さと頻度が低下(悲しみ、怒り、攻撃性、不安、心配)

■SSRIの減薬

米国減薬サイト
http://www.comingoff.com

出来たばっかりのサイトのようですが、SSRIの減薬についての記述があります。
本記事は、その解説です。

このサイトでは、SSRIの減薬に対して、ベンゾジアゼピンの減薬時のように薬物血中濃度の長いSSRIへの置き換

えを推奨しています。しかしながら、以下の理由で置き換えは同意しません。

1.ベンゾジアゼピンのように薬効、薬理が類似しておらず。同じSSRIといってもその作用機序は随分と相違が

ある。
2.SSRIのなかで唯一半減期の長いフルオキセチン(プロザック)は日本で未承認。

同記事に薬物相互作用の記述があります。その中で併用薬との減薬の順番についての記述がありますので転載し

ます。

Fluoxetine and Fluvoxamine increase plasma concentration of Carbamazepine therefore come off

Carbamazepine first.
デプロメール(ルボックス)とカルバマゼピンの併用時は、カルバマゼピンを先に減薬せよ。

Fluvoxamine increases plasma concentration of Olanzapine, therefore come off of Olanzapine first
デプロメールとオランザピンの併用時は、オランザピンを先に減薬せよ。

Fluvoxamine increases plasma concentration of some benzodiazepines, therefore come off of

benzodiazepines first
デプロメールとベンゾジアゼピンの併用時は、ベンゾジアゼピンを先に減薬せよ。

Plasma concentration of Paroxetine is reduced by Carbamazepine therefore come off Paroxetine first.
パキシルとカルバマゼピンの併用時は、パキシルを先に減薬せよ。

Paroxetine increases plasma concentration of Procyclidine therefore come off Procyclidine first. If

you are taking a neuroleptic (anti-psychotic) also, come off the neuroleptic before starting to

reduce Procyclidine.
パキシルと抗パ剤は、抗パ剤を先に、もし抗精神病薬も併用していれば、抗精神病薬を先に減薬せよ。

Sertraline increases plasma concentration of Pimozide, therefore come off of Pimozide first
ジェイゾロフトとピモジドはピモジドを先に減薬せよ。

このサイトでは、薬物相互作用で影響を受ける側の減薬を先に行う事を推奨しています。
  1. 2013/01/02(水) 15:56:33|
  2. 抗うつ薬
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裁判の行方

(転載禁止です。)

裁判の行方          
№1               

母が亡くなったのは、平成22年10月4日の事でした。
この27日前に精神科の閉鎖病棟に入院しましたが、薬の副作用で帰らぬ人となってしまいました。
67歳でした。                                         
亡くなる前日の夕方から熱が出ていると病院から電話がありましたが、悪化しているにもかかわらず転院措置もされず、翌朝、院長から「心肺停止したので、病院に来てほしい。」と言われ、何があったのか頭が真っ白になったまま病院に向かいました。
部屋の傍らには痰の吸引器と、酸素ボンベが置いてありました。
母の亡き骸は全身がむくんでおり、黄疸も見るに明らかでした。
特に尿は17時間も出ていなかった為、お腹はパンパンに大きくなっていました。
 私が裁判をしようと決断したのが、これまでの病院での様子,目の前にいる母の亡き骸を見た瞬間でした。
葬儀が終わった次の日に、院長に面会し(会話はICレコーダーで録音)、カルテ・検査結果を持ち帰り、弁護士の先生にそれを見せました。
カルテはかなり適当にしか書かれておらず、これからは詳細が分からず調べ進めるのに苦労しました。

母の「うつ」は15年前から、年に決まって2回程、梅雨の時期と年末年始あたりに症状が出ていました。
常に薬を飲んでいた訳ではなく、「うつ」の症状が出たら心療内科に行き薬を処方してもらっていました。
責任感が強く、きれい好き、誰とでもすぐ打ち解け、旅行が大好きだった母。
平成22年9月の始めに、夜中に家を飛び出したため、みんなで探し回りました。
その次の日には包丁を持ち出し、父に「殺して!」と号泣しました。
相当つらかったと思います。
今まで2回希死念慮はありましたが、2週間位かけて回復していました。
今回は目が離せなく、危険と思われる物はすべて隠したりもしました。
 通っていた心療内科の医師に相談し、どうしようかと迷ったのですが、危険も差し迫っている事と父の体力・精神力も限界に近くなっている事も考え、母を近くの入院施設のある病院に入院させる事にしました。
その入院した病院こそが今回の裁判で争った病院なのです。
                                    
№2

母は「うつ」になって15年、うつでの入院は初めてでした。
実は、数年前に年に1度受けていた市の健康診断で「不整脈」があることを指摘され、循環器科にも通うようになりました。
 入院する際に、「不整脈」「心臓肥大」だという事も、薬の事も(飲んでいた薬は全部渡し説明)、院長には伝えていました。
ちなみに、「不整脈」も「心臓肥大」も、日常生活には何ら支障のない程度でした。

入院後の経過

9月7日、入院後の処方 (1日あたり・循環器科の薬含む)

デプロメール 50㎎(3T)  ラックB微粒 3g(3T)  ルジオミール 25㎎(4T)

デパス0.5㎎ (1T)  レンドルミン錠 (1T)  ロヒプノール 1㎎(1T)             
ワーファリン (1T)  ベルベッサーR100 (1T)  ディオバン40㎎ (1T)        
入院後に、胸部レントゲン,心電図,血液・尿検査をしているが、亡くなるまで検査はこの1回のみとなっている。

9月11日、ルジオミール25㎎ を1錠追加して1日125㎎に増量後、症状がいくらか緩和したそう。                                              
9月24日、幻視や幻聴があり、フラフラ感があって、夜間トイレの転倒防止のため、ロヒプノール1㎎を抜去。                               
今までどんなに悪化した時でも幻視や幻聴の症状は一度もありませんでした。     

9月29日、妄想言動が出たので、リスパダール液2g を投与。この頃から自立歩行困難となりました。

№3

9月30日、微熱,四肢浮腫,咳嗽あり。言語不明瞭で呂律がまわらず。                  
10月1日、面会にいくたびに悪化しているのに、説明が全くないことから、院長に「薬を減らしてほしい。」と頼みに行きました。                                  
ルジオミール 25㎎ 3T  デプロメール 50㎎ 2T の抜去

呼吸機能 SPO₂84% (SPO₂は基準値が94~97%とされている。90%未満は急性呼吸不全の可能性) 酸素投与されているのにもかかわらず下がり続けました。                                       
10月2日、熱は36℃台に下がる。状態は安定していたという。                     
この日にも面会に行ったが、母は車イスに乗っていた。(首や手も自分で動かせない状態になっていた)                                  
夜トイレに行こうとしたのか、この時にベッドから落ちて頭を打った状態で発見され、チアノーゼが出て危険だったが、何とか回復した。この事は私達家族には知らされず、この裁判の最中に看護記録を見て初めて知りました。                  

10月3日、再び熱が38℃台に上がる。以後、夕方に呼吸苦、熱は36℃台に急降下。        
内服の精神薬を全部抜去。点滴のみ。                              
夜に、状態が悪化したら、救急病院に転院させるかもしれないと病院より電話が入った。

この日は一睡もせず連絡が入らない事を祈っていました。                     
院長は近くの自宅に帰り、朝まで一度も病院に行かなかったそう。                  
10月4日、朝食後(流動食のようなものを介助され全量摂取したそう。これ自体もずっと疑問に残る事だった)、8時40分、突然に顔面発汗し、激しい呼吸苦の後、バイタル不能、心肺停止。
8時50分死亡。
黄疸,チアノーゼ,浮腫を確認しました。尿は17時間出ていなかったそうです。                                        
№4

裁判では、医師のカルテより看護師が書いた看護記録が大いに役に立ちました。                      
院長のカルテに関しては、裁判官より、「記述が少ないですね。これだけですか?」と院長に指摘がありました。          
死亡診断書の事では、死亡原因の箇所に、「【急性循環器不全】と書いたが、正確には【心原性ショック】と書くべきでした。」とあとになって言い、あくまで薬による副作用が原因と認めようとしませんでした。
「薬の注意文書に従っていたら、風邪薬さえ処方出来ないから、注意文書は参考にならない。」とまでありました。 
そして、精神科医師として20年にわたる臨床医としての経験と実績に基づき処方された適切な処方内容であって医師の責任は全く存在しないと.....。                   
 私達原告側に対して、「前の病院で約8年間にわたって治療を受けてきた患者が治療
中に死亡しなかった事の説明がつかないのではないかと考えられる。」・・・・・。                       
こんなやりとりが準備書面の中で続いて、心が折れそうになった事が何度もありました。                                        
もしかしたらこのまま負けてしまうのではないか・・・と不安になった事も度々ありました。      
全国で同じように裁判をしている人達がいる,被害に苦しんでいる人達がたくさんいる、
この事を心に刻んできたからこそ、最後まで闘ってこれたんだと思います。                       
途中で何度も被告側から和解の提案がありましたが、断ってきました。                 
そして、審理入りで被告(院長)が証言台に立って、各々の弁護士から証言を求められていた場面を、私は一生忘れることはないでしょう。
2時間の中で知らなかった事実や、被告のうろたえる様子、口ごもる場面、顔色が変わる質問、今までの比にならないくらい濃縮した時間でした。                             
 結局、母の死亡時間には被告は立会いをしておらず、正確な死亡時間はわからないままです。
                                        
裁判が終わったあとは、しばらく自分を責める日々が続きました。                       
やはり母は戻ってこないからです。                                
入院させてしまった事,早い段階で院長に談判すればよかった事,もっと早く転院させればよかった事・・・・・。
いまだに、いつもの様子と違う、ボーッとしている母の「入院は嫌だなぁ。帰ってこれるかな?」「もうすぐ家に帰れるかなぁ。」こんな言葉が脳裏に焼きついて離れません。       
今、被害にあわれている方とそのご家族,そして通院しながら仕事を続けている方と関わっている方々には、こんな後悔をしてほしくありません。            

裁判の行方ですが、結局のところ和解をしました。
和解といっても「勝利的和解」です。                                     
裁判長から、完全に被告のほうに責任があるという証明となる書をいただきました。      
私の大事な勝利のしるしです。                                      
 少しずつですが、精神科,心療内科の処方も変わってきているようですが、まだまだ問題は山積みです。
この文章が、少しでも問題を抱えている人達の足元を照らせる事を願ってやみません。

今回、協力いただいた方々、特に精神医療被害連絡会に資料の提供、ならびに相談にのっていただきました事を感謝いたします。

九州 Y.F
  1. 2013/01/02(水) 15:18:13|
  2. 投稿-裁判の行方
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