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被害者にならない為の知識-精神薬を学ぶ-

精神医療被害連絡会 公式メールマガジンユーザーの為のブログです。

奇跡的な回復-おわりに

 平成20年5月6日、心地よい良い快晴。
GW最終日、3ケ月間お世話になったT病院を退院することになった。しかし、朝から36.9度とやや微熱があったのが懸念する。看護師に伝えると「大丈夫でしょう。」と言われ、タクシーに乗って、そのまま施設へ直行した。34キロまで体重が増え、ふっくらとした顔立ちなった母は、久々にお洒落をして外出ができ、大そう嬉しそうではあった。施設では、ソーシャルワーカーと支配人が、玄関先まで出迎えに来てくれていた。
2人から「お帰りなさい。」と言われ、「パリから戻って来ました。」と、元々ちゃめっけのある母は、冗談交じりに答えた。介護室へ入り、スタッフに元気になって退院したことを報告した。今後、私は毎日施設に通い、夕食を母と共にすることを支配人に報告した。その日の午後、母と私は、身体を休めるため、部屋で仮眠をとった。目が覚めたときだった。母の様子がおかしいのに気が付いた。全身が汗だくになっている。即、看護師を呼び、全身の汗を拭い、下着を着替えさせた。検温すると39度もの高熱。久々の外出と急激な環境の変化で疲労したのか。急いで、脇の下、太ももの付け根を冷やした。早急に、施設内の内科医に伝え、解熱剤のロキソニンを服用。母の夕食は、おかゆに変更してもらった。しかし、私の不安を払い除けるように、母は、夕食のおかゆをすべて完食した。それを見て少し安心した。翌日も微熱が出た。看護師の一人が、胃漏の所から悪臭がする。と言い出した。胃漏の造設箇所が膿んでいたのである。検査で緑膿菌が検出された。MRSAのキャリアは、傷口がどうしても膿みやすいと聞いた。
まったく、S病院からとんでもないお土産を貰ったものだ。
原因が分かり、暫く抗生剤を服用した。大事には至らず、数日後には完治した。

 元来、天真爛漫な母は、施設の生活にはすぐに溶け込んでくれた。退院早々、入居者の方々と一緒に、もんじゃ焼き食べにいったことを、余程嬉しかったのか、童心に返ったように話してくれた。隅田川の水上バスに初めて乗ったこと。梅酒を入居者やケアスタッフ、皆で作ったことや、母にとっては毎日が楽しく嬉しい日々であった。長期間、全く食事が出来なかった母と、毎晩、楽しく私と夕食を共に出来る幸せをお互い感じた。とは言っても、何時また誤嚥性肺炎にでもなったら・・・という不安は、随時、私の脳裏から離れないでいた。それほどトラウマになっていたのかもしれない。最悪な時、一度でいいから美味しい物を食べさせてあげたいと思っていたが、今では、毎日、美味しい物を食べ、30キロも体重が増え、やや肥満気味になってしまったのである。
向精神薬の副作用により筋力が衰えた母は、車イスを使用していた期間が長かった。足が弱った上、その上、急激に体重が増えたことで、今度は、膝関節症を患ってしまった。

 退院して2ヵ月。7月初夏。2ヶ月に1回、T病院に通院することになった。前にも述べたが、向精神薬の離脱には注意を要し、患者を観察していかなければならない。Y医師は、パキシルを夕食後1回4錠からスタートした。特に、老人病院では、投薬には細心の注意を図っている。老人は、成人とは違い、代謝が悪くなり、体格、体重も変化をする。投薬の用量、用法には十分に注意をしなければ、私の母のように、副作用から死に直結するケースは少なくない。手前味噌ではあるが、どんなに遠い病院でも、私は一日も休まず母を看てきた。同時に、医療従事者の患者への対応も観察できた。そんな経験から、私は自らの判断を信じることにした。都心の某クリニックからスタートして、S県のR病院、H病院、S病院で携った医師の診断、治療を鵜呑みにしていたら、母は、すでにこの世に存在していなかったことは言うまでもない。途中、疲労から体調を崩し、何度か挫折はしたが、最後の最後まで諦めなくて本当に良かったと思う。我ながら良くがんばったと自負している。

更に、Y医師から胃漏のチューブを取り外してよい。と嬉しい診断をもらった。チューブ交換で通院していた施設の近くにあるクリニックで取り外すことにした。万が一のことを考え、胃漏を造設したS病院にもソーシャルが報告をしてくれた。すでに、T医師は退職し、O医師に伝えたと連絡を受けた。胃漏を取り外してからは、ますます母は元気になっていった。
夏には花火大会や夏祭りを楽しんだ。日の長い夕方には、毎日、散歩した。
電気療法は、人によっては半年で再発すると聞いていたが、幸い、母の体調はまったく問題なく半年を経過した。

10月、区役所から半年に1回の認定調査員が施設を訪れた。調査員は、元気で別人になった母を見て驚愕していた。「よくここまで回復しましたね。」と、声を詰まらせ、感激したのか目にはうっすらと涙をためていた。後日、要支援5から、一気に要支援2という認定結果の用紙が届けられた。区役所介護課から、こんな事は初めてと報告を受けた。このときには、パキシルの投与は3錠に減薬された。

施設で平成20年の師走を迎えることが出来た。施設内は、大きなクリスマスツリーが飾られ、年の瀬の慌ただしさを感じてきた。大晦日からお正月は、私は施設のゲストルームに宿泊をして、母と新年を迎えることができた。
年が明けた平成21年、1月1日。施設で母とお節料理を一緒に食べた。昨年の寂しい、悲しい、辛いお正月とは違い、それこそ天と地の差。施設近くの神社に母を伴い参拝した。元気になり、一緒にお正月を迎えることが出来たことを感謝した。

 平成22年の春。退院して2年間にもなるが、幸い何事もなく時が過ぎた。
既に、パキシルの処方はなくなり、服用しているのは消化剤程度のもの。
要支援1という認定を受け、母は3月に介護室から健常者住居に移ることになった。一般的には、健常棟から介護室へ移るというのが普通だが、母はその逆を行ったことになる。施設側としても、初めての経験。
ある意味、母は介護室の方々に、希望を持たせたのかもしれない。

 平成24年。退院して、何事もなく4年が過ぎた。
母は84歳になった。昨年末、白内障のオペも順調に終わり、目がよく見えるようになったと大喜び。施設では、フラダンス、カラオケ、愛唱歌、写経を楽しみ、そして、多くのお友達ができたことが、最も嬉しいようだ。
施設を出入りしてきた私が気付いた事だが、入居者全てが「戦争体験者」という共通の話題があることは、非常に入居者にとっては心強いことだと感じた。
高齢になってから、皆が初対面でありながらも、全員が同じ話題を共有できるというのは凄いことではないだろうか。と感想を持った。
果たして私が施設入る頃には、どんな話題を共有しているのであろうか?

今、母の幸せな姿を見ていることが、私は幸せであり、なによりも天国の父と兄が安心したことだろう。ここまで頑張れたのも、きっと父と兄が私の背後で支えてくれていたのだろうと深く感謝している。


終わりに。

母の介護記録を綴るに当たり、正直、ひどく戸惑いがありました。介護は決してきれい事ではなく、重く暗い内容です。又、恥部を赤裸々に伝えることに躊躇し悩みました。正確に事実を伝えるということは、一方では、医師や病院叩きをすることにもなります。また、苦い過去を思い出しながら活字にするには、相当な労力を費やし、精神的にも苦痛を伴うことになります。しかしながら、今回、医療従事者の患者軽視から不当な診断を受け、不適切な治療により母は要介護5という最悪なケースに至り、危うく死に直結するところでした。それを見てきた周囲の方々から、是非、事例を書いて社会に発信してほしいと強く要望され、私は自分を奮い立たせ勇気を持って書くことにしました。

1億総うつ病と言っても過言ではない昨今。至る所にメンタルクリニックを目にします。又、一般内科、小児科、精神科、心療内科、と何でも屋のように書かれている看板も多くあります。精神科病院の出入りをして来た私は、向精神薬を多量に処方され、多くの若者が廃人になっている有様を見てきました。「あなたは本当にうつ病なのですか?」「薬を服用して改善しましたか?」「薬の副作用からうつ気分になっていませんか?」と私は尋ねたい。毎日、母の状態を看てきた私は、素人ながらも薬の多さに疑問を感じ、にも拘わらず、全く回復の兆候すら見えない、そうありながらも薬をどんどん増やしていく医師達に、心底、恐怖を感じました。

毎日、異様と思える事件が多い中、その裏には、事件に関与した人は、皆、向精神薬を服用しているのでは?と疑ったりもします。
向精神薬の副作用の怖さを知らない質の低い医師が多いというか、安直に薬を処方する医師は非常に問題ではないでしょうか。また、恐ろしい事に、医師免許を取得した者は、皆、精神科医を名乗れるとのこと。
事実、パーキンソン病と似て非なる薬剤性パーキンソン症候群を知らなかった医師が、残念ながら大半でした。
医師を信用し、病を治そうとしている患者に対して、医師はきちんと投薬の説明をすべきではないでしょうか。
また、患者自身も自分に処方された薬をよく理解し、自分に合わない薬があれば医師に詳しく伝えることが、お互いの信頼関係を築くためにも重要だと私は考えます。

ますます高齢化問題が悪化しつつある今、「老人への投薬の見直し・あり方」「老人の心と身体を理解する」というような指導を希望するのと同時に、将来、医師として活躍する研修医の方々には、患者への接し方のノウハウを、しっかりと教育をしていくべきであると強く考えます。若い医師から心ない言葉を浴びせられてきた私達は、今尚、言葉の暴力に傷ついています。

政治、経済、教育、医療、制度等、全てが腐敗状態に陥り、懸念を抱かざる得ない現代社会。そんな状況の中、あってはならない医療過誤、精神医療被害、高齢者医療に関して、全国にシンポジウムを開くなどして、健全且つ適切な日本の医療を目指すためにも、厚生労働省や医師会・自治体に対して、最も力を注いでいただきたいと切に願う次第でございます。

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  1. 2012/07/23(月) 22:35:03|
  2. 投稿-薬剤性パーキンソニズム-
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