被害者にならない為の知識-精神薬を学ぶ-

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一か八か-電気ショック療法-

 病棟には、次から次へと新患が入院してくる。私の顔を見るなり「ママーー!」と叫ぶお婆ちゃん。中には「お母さーん」と泣き叫んでいる女性。「お願い私を助けてください」と、一日中、その言葉を発しているお婆ちゃん。誰もいないところで、丁寧にお辞儀をしている初老の女性。いきなり怒鳴りつける90歳の元気なお爺ちゃん。姿勢よく歩き物静かでとても気品のあるハンサムなお爺様。そのお爺様は、時よりテーブルに歯磨き粉を塗りたくっている。深夜は徘徊するので拘束されている。と奥様は話してくれた。その奥様に「ハンサムなご主人様ですね。」と言ったところ「でも認知症じゃねぇ~」と顔を歪め返答してきた。確かに。と私は思った。80歳半ばの老夫婦。温厚なお爺ちゃんが突然認知症になり、凶暴性が出て、子供のいないお婆ちゃんは困惑し、右往左往しながら看病していた。同室に75歳の女性が入院してきた。「ウンコ、シッコ」を一日中言い続け、おまけにナースコールを頻繁に押し続ける。シャネラーの娘さんが一日おきに病院に来ていた。私は彼女と仲良くなった。聞くところによると、X病院で心臓の手術を受け、ICUへ一ヶ月間入っていたときに、精神疾患の症状が出てきたとのこと。母は寂しさから、あのような発言を繰り返すと、娘さんは困った様子。「うるさいのよねぇ」と、娘さんは苛立った表情を浮かべ愚痴を溢していた。

病棟のトイレを使用した時だった。隣から「娘がプラチナのネックレスを盗んだ。」「娘が通帳を持っていった。」「娘がお金を持って行き、私はお金がない。」と、ひとりで呟いている老人の声が聞こえたのだ。娘さんの話によると、お母様は1年前から老人性うつを発症したと言う。退院する前日、お母様はトイレで首にタオルを括り付け自殺を図ろうとしたのだった。娘さんは苛立ち、ひどく不安を抱いていた。今度は、どこからか「税金泥棒――!」と、男性の怒鳴る声がした。「おーーーい」と大声で言い続ける老人もいた。看護師は気を利かせ「おーい中村くん」という、昔のCDを聞かせ一緒に歌っていた。あっちこっちの病室から、様々な個性ある合唱が聞こえてくる、とても賑やかな病棟であった。ここでは、こんな光景が当たり前のように日々起きているのである。
一般の総合病院とは違い、老人ということで、ここでは何でも有りだった。何をしても許されるので、ある意味、介護者側にとっては、精神的に非常に楽な病院であった。

病んで老いた人達と接してきた事は、私にとって、とても貴重な体験であった。いづれ誰でも通る道で、そして、誰でも行く道である。老いて病んだ肉親を、決して見放してはいけないことを、痛感させられた。
特に、精神疾患を家族に持った介護者は確かに大変だが、可能な限り、面会に行くことを望む次第である。精神疾患とはいえ、家族が面会にくると、眼が輝き、嬉しそうな、又、安堵した表情を浮かべるのを、私は目の当たりにしてきた。しかし、家族が帰ると、たちまち不安そうな表情になる。たとえ、病院や施設に恵まれ、どんなに良い環境にあっても、私達は決してお爺様お婆様見を見放してはいない、いつも思っています。というような安心感、心のゆとりというのは、特に高齢者においては、絶対的に重要な事なのである。

平成20年3月中旬。入院して1ヶ月が過ぎた。
区役所から認定の調査員が訪れ、以前にも増して、母の状態が悪化したことに、調査員はショックを受けていた。結果、要介護5という認定を受けた。しばらくして、Y医師から、脳への電気けいれん療法を勧められた。これは誰でも受けられる療法ではない。脳内に大きな血栓がある場合や、アルツハイマー型認知症、糖尿病、心臓病等がある場合は、対応できなのである。
幸い、母はどこにも疾患がなかった。一気に経菅食のカロリーを上げたことが成果を出し、体重も30キロを超えてきた。血中たんぱく質の数値はまだ低いが、危険な状態からは、なんとか脱出できたのだった。
電気けいれん療法は、以前、犯罪者、あるいは統合失調症の患者に対して、静かにさせるために使用されていたことがあったと聞いた事がある。当時は、麻酔を使わず脳へ電気ショックを施したらしい。そういう事もあり、未だに偏見を持っている医師が、国内では少なくないそうだ。しかし、欧米では10年以上前から、難治性うつ病の患者には、完治度が高いと報告され、今ではこの療法は主流ではある。と本で読んだ事がある。向精神薬の副作用で苦しむなら、この方が手っ取り早いという事であるらしい。
又、レビー小体型認知症やパーキンソン病にも効果があるという症例が、国内でも報告されているようだ。ここT病院では、この電気療法を試み、当時では、まだ年間64例という僅かな症例ではあったが、国内ではトップとされていた。良い報告が大半の中、まったく効果が出なかった患者もいるという。一か八か、私はこの電気療法を母に試すことにした。

 3月下旬から、電気けいれん療法がスタートされた。昨今、医療機器の性能が進化し、電気ショックを施しても身体がけいれんを起さない、無けいれん電気療法という新型のものが、病院に設備されていた。患者の左右のこめかみに電極を貼り付け、電流が順調に身体に流れているのを確認する為に、片方の足にも電極を貼り付けると、Y医師から説明を受けた。昔とは違い、今では穏やかな療法だそうだが、万が一の場合を考慮し、緊急時のオペ室も準備していた。
オペ室に入り、20分程度で切れる全身麻酔をする。100Vの電流を5秒間流す。ただそれだけである。それを1週間に2回(月、木曜日)、1クール6回で終了である。

 電気療法の初日。スイッチオンの日。オペ着を身に付けた母は、身体を強ばらせ、戦振症状が出る。何をされるのか不安そうな表情を浮かべ、ストレッチャーの上で「怖い、怖い。」と言葉を連発していた。その日は、隣のベッドの舌が飛び出しているお婆ちゃんの退院の日。やや落ち着き、他の病院へ転院することになったとのこと。お婆ちゃんは、ストレッチャーに寝ている母のほうへ向かい、心配そうな顔をしながら「がんばってね」と、母に優しく声をかけてくれた。しかし、母にとっては、恐怖でそれどころではない。返答すらできない状態。そのお婆ちゃんの優しさに触れ、私は胸が熱くなり「ありがとうお婆ちゃん。」と、声をかけお別れした。

 30分後、母はオペ室から出てきた。口には酸素吸入を付け、よく眠っていた。その日は用事があり、母の目が覚める前に病院を後にした。翌日、恐る恐る私は病院へ向かった。まだ1回目では、何も変化はないと思っていた。
相変わらず、母は洗面場にはいたが、顔の表情がなんとなくいつもと違っていた事に気付いた。いつも辛そうな表情で、眉間にシワを寄せていたのだが、その日は、そのシワがなく、スッキリとした顔をしていたように見えた。さらに、精神的にも安定していた。看護師からは「母には電気が効くのかもしれない。」と期待できる言葉を耳にした。しかし、私はずっと裏切られてきたので、正直、半信半疑だった。残念ながら、深夜、再度スイッチオンが入った。

 3日後の木曜日。2回目の電気。初回で慣れたのか、母は怖がらなかった。オペ室から戻り、目が覚めるのを待った。約1時間後、母は麻酔から目が覚めたが、残り1時間はベッドに安静にしなければならない。目が覚めた直後は、なんとなく頭が重いと母は口走った。目を覚めたのを確認して私は病院を出た。
翌日、病棟に入るなり、看護師が「お母さんが自分でお箸を持って食事をしました!」と、飛び上がるほど嬉しそうな声で私に報告してきた。私は信じられなかった。長い間、母が箸を持って普通に食事をしている姿を見ていないからだ。その時、母が目に入った。そこには元気だった頃の母がいた。まるで悪霊から解放されたような、すっきりとした、健常だった頃の母がそこにいた。母は本当に蘇えったのか!? 洗面場にはいたが、冗談を言って笑わすOT(作業療法士)の言葉に、母は口を開けて笑ったのだ。母の笑顔は何年ぶりだろう。さらに母は、病院食を食べ始めた。それも美味しいそうにすべて完食した。嬉しくてたまらなくなった私は、病院へ行く途中、デパートでカロリーの高い物を買いまくる始末。奇跡だ!本当に奇跡が起きた!天にも昇る喜びだった。

 4月に入り、3回目の電気。いつものお気に入りの場所だった洗面場から母は卒業していた。外見はやや痩せてはいるが、言動は健常に戻っていた。
いつも自分のことしか頭が回らなかった母は、周囲の患者さん達や介護者に気遣っている姿を見る。本当に信じられない。まだ信じられない気持ちだった。翌日4月8日は、母の80歳の誕生日。家の近くのホテルで、母が好物のオムライスをオーダーし、私はタクシーを飛ばし、熱々出来立てのオムライスを昼食に持参した。母は、美味しそうに夢中になって食べていた。そこに偶然、Y医師と遭遇した。Y医師は、その光景を見て、笑みを浮かべながら私に向かって、手でOKサインを示してきた。これって本当なのか?まだ疑っている私がいた。もう3回目で終了してもいいのでは?と思うほど、母は元気になった。しかしながら、私の中では、未だスイッチオンの恐怖からは逃れられないでいた。Y医師は、嬉しそうな表情を浮かべ「電気が効きました。でも6回まで叩いておきましょう。」と、私に話しかけてきた。そして、3週間でトータル6回の電気治療がすべて終了した。

 平成20年4月中旬。それからというものは、母は色々な作業療法を、自ら積極的に参加するようになった。歌、貼り絵、楽器の演奏、体操、患者同士での会話等。車椅子など使わず、私と病院の敷地内を散歩した。周囲の介護者も母の回復ぶりには、目を疑うほど驚いていた。看護師のひとりが、私に語りかけてきた。「お箸を持って食事をしたときには、泣けて泣けて仕方がなかった。」
「最初にお母さんの姿を見たとき、可哀想で切なくてたまらなかった。」と、当時の感想を、正直に話してくれた。

年間64例という、まだ僅かな症例の中で、母は劇的に電気療法が効いた。と看護師は口々に言う。担当看護師からは、「当時、お母さんはおそらくホルモンのバランスを崩したのでしょうね。」「老年にも更年期があるのですよ。症状が出たときは辛かったと思います。」と、優しく説明をしてくれた。母は精神疾患ではないと私も信じていた。母の性格上うつ病になる人ではない。にも拘わらず、なぜあんなに多くの抗うつ剤を高齢者に対して医師は処方したのか?疑問を持つ。 食欲不振、不眠を訴えると、医師はうつ病と診断するのだろうか・・・。精神疾患は目には見えない。そして、誰にでも要因はあると思う。だからこそ、投薬には、相当な注意が必要ではないだろうか。どんな薬にも必ず副作用があるのを医師は理解しているはずだ。そんなことよりも利益優先なのか?人の命を救う仕事という高い志は失われているのか?医師免許を取得した途端、努力をしなくなるのか?と私は多くの疑問を抱いた。

退院前、施設のソーシャルワーカーと看護師が、母の病状を確認する為に、2人は病院を訪ねてきた。Y医師との面談には私も同席した。看護師からは、施設では焦燥感がひどくて介護が大変だったことをY医師に伝えていた。私としては耳が痛かったが、事実だから仕方がない。Y医師は「逓信病院の投薬はすべて変更しました。」「今のところADL(日常生活)には問題はありません。」と、2人の不安を打ち消すような説明してくれた事に私は感謝した。久々に元気になった母、いや別人になった母を見て、2人の驚いた様子が印象的だった。

  1. 2012/07/23(月) 22:32:34|
  2. 投稿-薬剤性パーキンソニズム-
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奇跡的な回復-おわりに

 平成20年5月6日、心地よい良い快晴。
GW最終日、3ケ月間お世話になったT病院を退院することになった。しかし、朝から36.9度とやや微熱があったのが懸念する。看護師に伝えると「大丈夫でしょう。」と言われ、タクシーに乗って、そのまま施設へ直行した。34キロまで体重が増え、ふっくらとした顔立ちなった母は、久々にお洒落をして外出ができ、大そう嬉しそうではあった。施設では、ソーシャルワーカーと支配人が、玄関先まで出迎えに来てくれていた。
2人から「お帰りなさい。」と言われ、「パリから戻って来ました。」と、元々ちゃめっけのある母は、冗談交じりに答えた。介護室へ入り、スタッフに元気になって退院したことを報告した。今後、私は毎日施設に通い、夕食を母と共にすることを支配人に報告した。その日の午後、母と私は、身体を休めるため、部屋で仮眠をとった。目が覚めたときだった。母の様子がおかしいのに気が付いた。全身が汗だくになっている。即、看護師を呼び、全身の汗を拭い、下着を着替えさせた。検温すると39度もの高熱。久々の外出と急激な環境の変化で疲労したのか。急いで、脇の下、太ももの付け根を冷やした。早急に、施設内の内科医に伝え、解熱剤のロキソニンを服用。母の夕食は、おかゆに変更してもらった。しかし、私の不安を払い除けるように、母は、夕食のおかゆをすべて完食した。それを見て少し安心した。翌日も微熱が出た。看護師の一人が、胃漏の所から悪臭がする。と言い出した。胃漏の造設箇所が膿んでいたのである。検査で緑膿菌が検出された。MRSAのキャリアは、傷口がどうしても膿みやすいと聞いた。
まったく、S病院からとんでもないお土産を貰ったものだ。
原因が分かり、暫く抗生剤を服用した。大事には至らず、数日後には完治した。

 元来、天真爛漫な母は、施設の生活にはすぐに溶け込んでくれた。退院早々、入居者の方々と一緒に、もんじゃ焼き食べにいったことを、余程嬉しかったのか、童心に返ったように話してくれた。隅田川の水上バスに初めて乗ったこと。梅酒を入居者やケアスタッフ、皆で作ったことや、母にとっては毎日が楽しく嬉しい日々であった。長期間、全く食事が出来なかった母と、毎晩、楽しく私と夕食を共に出来る幸せをお互い感じた。とは言っても、何時また誤嚥性肺炎にでもなったら・・・という不安は、随時、私の脳裏から離れないでいた。それほどトラウマになっていたのかもしれない。最悪な時、一度でいいから美味しい物を食べさせてあげたいと思っていたが、今では、毎日、美味しい物を食べ、30キロも体重が増え、やや肥満気味になってしまったのである。
向精神薬の副作用により筋力が衰えた母は、車イスを使用していた期間が長かった。足が弱った上、その上、急激に体重が増えたことで、今度は、膝関節症を患ってしまった。

 退院して2ヵ月。7月初夏。2ヶ月に1回、T病院に通院することになった。前にも述べたが、向精神薬の離脱には注意を要し、患者を観察していかなければならない。Y医師は、パキシルを夕食後1回4錠からスタートした。特に、老人病院では、投薬には細心の注意を図っている。老人は、成人とは違い、代謝が悪くなり、体格、体重も変化をする。投薬の用量、用法には十分に注意をしなければ、私の母のように、副作用から死に直結するケースは少なくない。手前味噌ではあるが、どんなに遠い病院でも、私は一日も休まず母を看てきた。同時に、医療従事者の患者への対応も観察できた。そんな経験から、私は自らの判断を信じることにした。都心の某クリニックからスタートして、S県のR病院、H病院、S病院で携った医師の診断、治療を鵜呑みにしていたら、母は、すでにこの世に存在していなかったことは言うまでもない。途中、疲労から体調を崩し、何度か挫折はしたが、最後の最後まで諦めなくて本当に良かったと思う。我ながら良くがんばったと自負している。

更に、Y医師から胃漏のチューブを取り外してよい。と嬉しい診断をもらった。チューブ交換で通院していた施設の近くにあるクリニックで取り外すことにした。万が一のことを考え、胃漏を造設したS病院にもソーシャルが報告をしてくれた。すでに、T医師は退職し、O医師に伝えたと連絡を受けた。胃漏を取り外してからは、ますます母は元気になっていった。
夏には花火大会や夏祭りを楽しんだ。日の長い夕方には、毎日、散歩した。
電気療法は、人によっては半年で再発すると聞いていたが、幸い、母の体調はまったく問題なく半年を経過した。

10月、区役所から半年に1回の認定調査員が施設を訪れた。調査員は、元気で別人になった母を見て驚愕していた。「よくここまで回復しましたね。」と、声を詰まらせ、感激したのか目にはうっすらと涙をためていた。後日、要支援5から、一気に要支援2という認定結果の用紙が届けられた。区役所介護課から、こんな事は初めてと報告を受けた。このときには、パキシルの投与は3錠に減薬された。

施設で平成20年の師走を迎えることが出来た。施設内は、大きなクリスマスツリーが飾られ、年の瀬の慌ただしさを感じてきた。大晦日からお正月は、私は施設のゲストルームに宿泊をして、母と新年を迎えることができた。
年が明けた平成21年、1月1日。施設で母とお節料理を一緒に食べた。昨年の寂しい、悲しい、辛いお正月とは違い、それこそ天と地の差。施設近くの神社に母を伴い参拝した。元気になり、一緒にお正月を迎えることが出来たことを感謝した。

 平成22年の春。退院して2年間にもなるが、幸い何事もなく時が過ぎた。
既に、パキシルの処方はなくなり、服用しているのは消化剤程度のもの。
要支援1という認定を受け、母は3月に介護室から健常者住居に移ることになった。一般的には、健常棟から介護室へ移るというのが普通だが、母はその逆を行ったことになる。施設側としても、初めての経験。
ある意味、母は介護室の方々に、希望を持たせたのかもしれない。

 平成24年。退院して、何事もなく4年が過ぎた。
母は84歳になった。昨年末、白内障のオペも順調に終わり、目がよく見えるようになったと大喜び。施設では、フラダンス、カラオケ、愛唱歌、写経を楽しみ、そして、多くのお友達ができたことが、最も嬉しいようだ。
施設を出入りしてきた私が気付いた事だが、入居者全てが「戦争体験者」という共通の話題があることは、非常に入居者にとっては心強いことだと感じた。
高齢になってから、皆が初対面でありながらも、全員が同じ話題を共有できるというのは凄いことではないだろうか。と感想を持った。
果たして私が施設入る頃には、どんな話題を共有しているのであろうか?

今、母の幸せな姿を見ていることが、私は幸せであり、なによりも天国の父と兄が安心したことだろう。ここまで頑張れたのも、きっと父と兄が私の背後で支えてくれていたのだろうと深く感謝している。


終わりに。

母の介護記録を綴るに当たり、正直、ひどく戸惑いがありました。介護は決してきれい事ではなく、重く暗い内容です。又、恥部を赤裸々に伝えることに躊躇し悩みました。正確に事実を伝えるということは、一方では、医師や病院叩きをすることにもなります。また、苦い過去を思い出しながら活字にするには、相当な労力を費やし、精神的にも苦痛を伴うことになります。しかしながら、今回、医療従事者の患者軽視から不当な診断を受け、不適切な治療により母は要介護5という最悪なケースに至り、危うく死に直結するところでした。それを見てきた周囲の方々から、是非、事例を書いて社会に発信してほしいと強く要望され、私は自分を奮い立たせ勇気を持って書くことにしました。

1億総うつ病と言っても過言ではない昨今。至る所にメンタルクリニックを目にします。又、一般内科、小児科、精神科、心療内科、と何でも屋のように書かれている看板も多くあります。精神科病院の出入りをして来た私は、向精神薬を多量に処方され、多くの若者が廃人になっている有様を見てきました。「あなたは本当にうつ病なのですか?」「薬を服用して改善しましたか?」「薬の副作用からうつ気分になっていませんか?」と私は尋ねたい。毎日、母の状態を看てきた私は、素人ながらも薬の多さに疑問を感じ、にも拘わらず、全く回復の兆候すら見えない、そうありながらも薬をどんどん増やしていく医師達に、心底、恐怖を感じました。

毎日、異様と思える事件が多い中、その裏には、事件に関与した人は、皆、向精神薬を服用しているのでは?と疑ったりもします。
向精神薬の副作用の怖さを知らない質の低い医師が多いというか、安直に薬を処方する医師は非常に問題ではないでしょうか。また、恐ろしい事に、医師免許を取得した者は、皆、精神科医を名乗れるとのこと。
事実、パーキンソン病と似て非なる薬剤性パーキンソン症候群を知らなかった医師が、残念ながら大半でした。
医師を信用し、病を治そうとしている患者に対して、医師はきちんと投薬の説明をすべきではないでしょうか。
また、患者自身も自分に処方された薬をよく理解し、自分に合わない薬があれば医師に詳しく伝えることが、お互いの信頼関係を築くためにも重要だと私は考えます。

ますます高齢化問題が悪化しつつある今、「老人への投薬の見直し・あり方」「老人の心と身体を理解する」というような指導を希望するのと同時に、将来、医師として活躍する研修医の方々には、患者への接し方のノウハウを、しっかりと教育をしていくべきであると強く考えます。若い医師から心ない言葉を浴びせられてきた私達は、今尚、言葉の暴力に傷ついています。

政治、経済、教育、医療、制度等、全てが腐敗状態に陥り、懸念を抱かざる得ない現代社会。そんな状況の中、あってはならない医療過誤、精神医療被害、高齢者医療に関して、全国にシンポジウムを開くなどして、健全且つ適切な日本の医療を目指すためにも、厚生労働省や医師会・自治体に対して、最も力を注いでいただきたいと切に願う次第でございます。

  1. 2012/07/23(月) 22:35:03|
  2. 投稿-薬剤性パーキンソニズム-
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不安と抗不安薬Ⅰ

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  1. 2012/08/02(木) 16:16:22|
  2. 不安・抗不安薬

あるPSW(精神保健福祉士)の見た真実

私は、地域のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)です。某相談機関で、精神疾患や精神障害を抱える方たちの、生活支援をしています。

もともとは新卒で精神科病院のワーカーをしていましたが、近年の患者層多様化や、治療への疑問と、患者だけでなくあらゆる人が医療に頼りすぎている現状を、自分が地域へ行くことで少しでも何とかしたいと思い、転職しました。

地域に来て一番感じることは、「地域コミュニティの崩壊、機能停止」です。お隣さん、ご近所、自治会、こども会、成年部会、民生委員、世話焼きのおばさんなど、私が子供の頃は、良くも悪くもいろいろなコミュニティがあり、何となく変わっている人や困った人も、地域が当たり前のように(やむを得ずだったのかな?)受け入れ、共存していました。

私が田舎の出身だからかもしれません。父親が床屋で、とにかく多様なお客さんを相手に、話したり、励ましたり、正面切って怒ったりしているのを、見て育ったからそう感じるだけなのかもしれません。

しかし今、私が担当する地域で暮らす、精神科に通院している人たちは、みんな孤独で余裕がなく、自分のことで精一杯。何かあるとすぐ不安になったり何かのせいにしたり、職員に何とかしてもらおうとしたり、自己防衛に必死です。現実を直視できずODやリストカットを繰り返す人もいます。

医療職や福祉職ではない、ちょっとした相談ができる人や話し相手は少なく、孤独な暮らしをしています。老若男女問わずです。むしろ、そういう「当たり前の人間関係」を、病気や障害という理由で、あえて避けているようにも見えます。職員ならば、理解してくれるだろう、むしろ理解すべきだと。これまでの人間関係で、きっとたくさん傷つき、それを自分で振り返ることもできず、支えてくれる人もおらず、全てが怖くなっているのだと思います。

そして、国はその崩壊したコミュニティを再生させる動きは全くせず、むしろそれを福祉の私たちに「サービスとして提供するように」と求めて来ていると感じます。居場所も、話し相手も、相談も、就労も。悪法と言われた障害者自立支援法が、大いにそれを表しています。障害者は、福祉のサービスを使って、働けるようになりなさい。職員は、働けるように指導しなさい、居場所を作りなさい、彼らを福祉で抱えなさい。という意図を感じます。

それって、本当に幸せでしょうか。
私の事業所には日々、何てことない話相手欲しさの電話が異様に多く、私たちは、その中に紛れる深刻な相談を取り逃さないよう必死です。

そして、孤独な人たちは、駆け込んだ精神科での過剰な診断や投薬に何年も何十年も翻弄され、依存させられ、社会参加はできない、身体を壊す、さらに孤立していく。そして、最悪の事態につながる。

私は、関わっていた方の突然死を、何度も体験しました。自殺ではありません。ある日突然、自宅で倒れているのです。第一発見者になったこともあります。

彼らは、何十年も大量に精神薬を飲み、社会参加できず孤立して、医療、福祉関係者とだけのつきあいになっていました。長年の服薬による身体への負担、そして孤独と孤立。

くせはあるけど、愛すべきキャラクターの方ばかりです。

彼らはきっと、こんな死に方を望んではいなかった。当たり前のように多剤大量処方をしてきた精神科医療の、それに従い彼らを抱え込んできた福祉の、そして多くの問題を見ないふりし続けた社会の、犠牲になったのだと思います。

若い人たちや子ども、そして高齢者までもが、メンタルの不調を訴えて精神科や心療内科へ簡単に行く現状。

この人たちも、突然死や自殺のリスクを抱えているのです。いつ亡くなってもおかしくない。

このままでは、この国は滅びてしまう。そう思い、情報をたぐり寄せ、中川さんや内海先生にたどり着きました。

同業者や関係者の中で、同じ想いの仲間に、未だ出会えていません。みんなに言っても苦笑いだし、声をあげることには及び腰です。私は、こうやって発信していくことで、さらに、業界からは孤立していくかもしれません。

でも。目の前の相談者と、とことん向き合う日々が、やりきれない自分の感情が、全てを物語っており、目を背けてはならないと思いました。

病気なんだから、障害者なんだから、援助してよ。何とかしてよ。そうやって不器用に、でも必死で来る相談者たちが後を絶ちません。

これは、そうやって依存してくる本人の自己責任だけの問題でしょうか。

違う。

これは、たくさんの問題が複雑に絡み合った、完全な社会問題です。

病気じゃない人まで、過剰な医療で病気や障害者にさせられている。
そしてそうなってしまうと、もう抜けられない。
薬を減らしたり、やめるための医療や施設はない。

この人、薬全部やめてみたらどうなるかな。もっと楽に生活できるんじゃないかな。
そう思っても、やってみましょうと言う精神科医はいない。試すことすら許されない。

だったら私たち地域にもっとお金をつけてくれれば、24時間体制で訪問に行き、減薬、断薬の援助ができるのに。

福祉に投じる予算はケチっているくせに、精神科医療の失敗が、社会の問題が、当たり前のように、最後の受け皿として、福祉に丸投げされている。

福祉の現場は、それに気づかずに、いや、気づきながらもどうすることもできず、どんどん疲弊している。

疲弊した現場は、自分たちが扱いづらい利用者を、自然と排除する仕組みを作っていく。

福祉に排除された人たちは、社会から完全に排除され、さらに孤立していく。

社会問題を、福祉が尻拭いするのはおかしい。

病気や障害があってもなくても、安心して人とつながれる、誰もが孤独にならない、孤立しない社会。もっとシンプルに、まっすぐに、自分も周りも思いやることができる社会へ。そこに、精神科医療が入る隙はない。

具体的にできることを、あきらめずにやっていきたいです。

まずは、薬の知識をもっと深める。精神科医療で当たり前とされている治療や投薬を疑う。真実とちゃんと向き合うこと。それを多くの人へ、発信すること。

理想だとか抽象的だとか言われても構いません。私はソーシャルワーカーであり、地域で生活する全ての人の、「権利擁護」が使命です。

組織に属している関係上、この場で実名は出せませんが、一緒に活動してくれる関係者のみなさまを、心から待っています。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
  1. 2012/08/08(水) 23:38:28|
  2. 投稿-あるPSW(精神保健福祉士)の見た真実
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プロローグ 死者に学ばぬ国

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  1. 2012/08/11(土) 00:17:23|
  2. 死者に学ばぬ国

向精神薬とモノアミン

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  1. 2012/09/04(火) 22:55:23|
  2. モノアミンと向精神薬

被害の全貌

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  1. 2012/09/07(金) 16:43:06|
  2. 死者に学ばぬ国

大うつ病の治療ガイドライン2012の解説

内容は別として、なぜこのようなガイドラインが作成されず放置されていたのかが不思議である。物事の良し悪しを判断したり、議論するためにはまず基準が必要である。たとえそれがデタラメであったとしても、基準が無いのが一番良くない。其の意味でこうしたガイドラインは必要であるし、今回の発表は歓迎できる。
薬物治療の内容については、いくつかの進歩がみられる。多剤やBZの長期処方、バルビツール、軽症うつにおける薬物治療の制限などである。DSMにそった診断は頂けないがもしこれに沿って診断をしたならば3分治療など不可能である。結局、取りあえず投薬が改善されず、患者が多すぎてやっている時間がないとか診療報酬制度が悪いから経営が成り立たないなどという患者不在の言い訳を繰り返すことになるのだろう。学会には、今後の
ガイドライン改訂の努力と同時に、いかにしてガイドラインを守らせるかという努力が不可欠である。
また、このガイドライン作成者の中には、過去において、このガイドラインからも逸脱した治療を推進してきた医師が含まれている。反省と応分の責任を取って頂きたい。
精神医療被害の多くは、製薬会社の薬の販売戦略により、病気の敷居を下げ薬物の副作用により引き起こされているものが殆どである。広げ過ぎた間口を狭める必要がある。このガイドラインの最大の欠点は、薬物治療の失敗による薬剤性精神疾患にたいする注意喚起がないこと、間口を狭めることが含まれていない事である。

〇序文における重要な記述

1.専門医ならば大丈夫

ガイドラインでは、専門医以外の医師がこのガイドラインを読む場合の注意が強調されている。最近、社会問題化した多剤大量処方やデタラメ処方の言い訳によく聞かれる、
「多剤大量処方やデタラメ処方が専門知識の無い一部の医師により行われている。」
という主張にそった記述である。確かにここで示されている薬の処方を厳守すれば被害が減少することは明白である。予てから我々が主張してきた悪処方の幾つかは否定されている。これは歓迎すべきことである。しかし、内容を良く吟味すると、併存障害を有する場合は除外するとか、適応外処方を広く容認するなど、デタラメ処方を否認しながらも医師の裁量を容認する内容となっている。責任逃れの意思が強く読み取れる。以前の、多剤大
量処方の弊害を認めていなかったことに比べれば進歩であるが、残念ながらこのガイドラインの作成委員の多くもまた多剤大量処方や根拠のない適応外処方を乱発している。専門医がガイドラインに記述されているような治療を行っているとはとても思えない。
 しかしながら、こうしたガイドラインが示されたことは、我々、患者側からみれば、最低限の治療指針が示されたと理解すべきである。少なくともこのガイドラインに沿わない治療を行うには、さらに厳重な手続きが必要という事である。訴訟にまで発展している被害事例では、このガイドラインに示された治療手順・投薬は殆ど守られていない。

2.DSMⅣの診断基準を採用する

このガイドラインはDSMⅣを前提としたものである。DSMは、症候群の定義であり、そのまま病気の定義ではない。この日本では、DSMの症候群の定義がそのまま病気の定義となり、投薬に繋がるという根本的な間違いを犯しているが、このガイドラインにおいても、その間違いを踏襲している。このガイドラインでは、SAD(社会不安)をうつと誤診することを排することは出来ない。つまり、単なる不安をうつとして薬物治療してし
まう危険を排除できないのである。これはこのガイドライン最大の欠点である。

3.適応障害や気分変調症については診断も治療法も確立していない

つまり適応障害、気分変調症の治療はエビデンスが無い治療と明言している。

4.ガイドラインには、近年の薬剤に比べ古い薬剤にはエビデンスが乏しい

これは医薬品添付文書の情報量を見ても明らかである。さらにエビデンスには様々なバイアスがかかっていることに注意を促している。この記述は、裏返せば、現在の臨床の現場では、バイアスのかかったエビデンスに沿った、又はエビデンスに乏しい治療が蔓延していることを学会が認めたに等しい。

5.治療法はエビデンスに準拠して推奨したもので、かならずしも保険適応の有無を考慮していない

この記述は、現在の精神医療の臨床が保険適応のない適応外処方が蔓延っている証左である。適応外処方をする場合は、丁寧なインフォームドコンセントとエビデンスの提示を必要とするとしている。子供への投薬の殆どが適応外処方であることに留意されたい。

6.新型うつ病を否定

新型うつ病はマスコミによる造語として否定。

☆評価できる項目(まとめ)
・軽症うつ病における薬物療法を制限
・BZの長期処方、バルビタールを否定
・同種同効薬の多剤を否定、多剤大量処方を否定

★評価できない項目(まとめ)
・DSMを妄信的に採用、不安とうつの混同を除外出来ない。
・うつ病ではなく躁うつ病だったという近年流行の主張を擁護。
・診断とそれに応じた投薬という手順が守られない。
・エビデンスの無いECTを強く推奨
・エビデンスの無い抗精神病薬の増強療法を追認
・誤診/薬の副作用による薬剤性精神疾患が考慮されていない

〇大うつ病ガイドライン要約

詳しくはガイドライン本文を参照されたい。
http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/0726.pdf
*は私のコメント。

〇うつ病治療計画:診断時に把握すべき情報のリスト

*このリストの最大の欠点は、薬の影響を排除していること。3分治療で行えるボリュームではもちろんない。

1.言い間違い・迂遠さの有無を確認
2.身長・体重・バイタルサイン(栄養状態含む)
3.一般神経学的所見(パーキンソン症状、不随意運動を含む)
4.既往歴-糖尿病・閉塞隅角緑内障の有無を確認
5.家族歴-精神疾患・自殺者の有無を含めて
6.現病歴-初発時期、再発時期、病相の期間、「切っ掛け」「悪化要因」、生活上の不都合(人間関係、仕事

、家計など)
7.生活歴-発達歴・学歴・職歴・結婚歴・飲酒歴・薬物使用歴を含めて
8.病前のパーソナリティ傾向-他者配慮性・対人過敏性・発揚性・循環性・気分反応性の有無
9.病前の適応状態-家庭、学校、職場などにおいて
10.睡眠の状態-夜間日中を含めた睡眠時間、いびき・日中の眠気の有無
11.意識障害・認知機能障害・知能の低下の有無
12. 女性患者の場合-妊娠の有無、月経周期に伴う気分変調、出産や閉経に伴う気分変動

*そもそも精神科医にこれらの要因をくみ取り判断する能力はあるか?
*これらの全てが薬剤の副作用で引き起こされている可能性をまず考慮すべきである。


〇うつ病治療計画:注意すべき兆候のリスト

1.自殺念慮・自殺企図の有無と程度
2.自傷行為・過量服薬の有無と状況
3.一般身体疾患による気分障害の除外
4.身体合併症・併用薬物の有無と状況
5.併存症(DSM Ⅳ-TRのⅠ軸・Ⅱ軸で)不安障害、発達障害(広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害)

、パーソナリティ障害
*これではなんでもあり
6.双極性混合状態(例・焦燥感の強いうつ状態、不機嫌な躁状態)
7.双極性うつ状態(例・若年発症、うつ病相の多さ、双極性障害の家族歴)
8.過去の(軽)躁状態(活動性の変化:例・いつもより活動的で調子が良いと感じた時期、普段より仕事がはかどった時期、より沢山アイデアが浮かんだ時期、生活歴の確認:例・職歴などの変化)
*うつ病誤診、双極性障害だったという誤診の現状を擁護
*これは病歴か、こんなもので躁鬱病診断されてはかなわない
9.精神病症状(例・気分に一致した微小妄想、気分に一致しない被害妄想・幻聴。若年層では統合失調症との鑑別)

〇軽症うつ病

全例に行うべき基礎的介入

・患者背景、病態の理解に努め、支持的精神療法と心理教育を行う

基礎的介入に加えて、必要に応じて選択される推奨治療
・新規抗うつ剤
・認知行動療法

*新規抗うつ剤の副作用に対する注意喚起が不十分。特に若年層に向けて。
*認知行動療法そのものにも重大な欠陥がある。それについては別途報告します。
*しかしながら本ガイドラインでの最大の収穫、本文では軽症うつ病への薬物療法の効果が疑問であることが明記

〇中等症・重症うつ病(精神病性の特徴を伴わないもの)

推奨される治療

・新規抗うつ薬
・TCA/nonTCA
・ECT

必要に応じて選択される推奨治療

・BZDの一時的な併用
・Li、T3/T4、気分安定薬による抗うつ効果増強療法
・AAPによる抗うつ効果増強療法
・EBPTの併用
*BZDの長期使用を否定
*非定型抗精神病薬との併用を容認、エビデンス不足
*電気ショックを容認、エビデンス不足

推奨されない治療
・BZDによる単剤治療
・スルピリドやAPPによる単剤療法
・中枢刺激薬
・バルビツール製剤(ベゲタミンを含む)
・精神療法単独による治療
・抗うつ剤の多剤併用、抗不安薬の多剤併用など、同一種類の向精神薬を合理性なく多剤併用すること
*覚せい剤系、バルビツールの使用を否定
*多剤大量処方を否定

〇精神病性うつ病
*この項目は全てエビデンス無、現行の治療行為を追認する内容
*私にはこの病気の定義が判らない

1.精神病性うつ病

推奨される治療
・抗うつ剤と抗精神病薬の併用
・修正型電気けいれん療法
・抗うつ剤単剤で治療開始し、効果不十分なら抗精神病薬を追加

2.緊張性症状を伴ううつ病

推奨される治療
・ベンゾジアゼピンの経口または非経口投与
・修正型電気けいれん療法
  1. 2012/09/11(火) 17:00:56|
  2. 大うつ病治療ガイドライン
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抗うつ薬の治験データのメタアナリシス

重要です。
これはもう結論に近い。もう自死と抗うつ剤の関連性の論争は必要ない。

参考文献
日精協誌、第31巻・第4号2012年4月号
『大うつ病の薬物療法のエビデンスアップデート:無効、増量、自殺性』
京都大学大学院 医学研究科健康増進・行動学分野教授 古川壽亮

ここに示された事実を列挙してみる。

FDAで最近認可された抗うつ剤について、FDAに登録された全ての臨床試験データを入手したメタアナリシスの結果。

・74本のプラセボ対照無作為割り付け比較試験(RCT)のうち24本がプラセボと有意差が示せなかった。有意差を示せたポジティブな研究は38本。

・その有意差のない24本の内、論文化されているのはわずか3本。ポジティブな38本は37本が論文化されている。

・この数字を別の見方をすると、通常プラセボで2か月後の反応率(重症度が半分になる)が半分になる率、寛解率は、それぞれ40%、20%程度と考えられるが、抗うつ剤の使用でそれが52%、30%に増えるという意味に置き換えられる。

・抗うつ剤の増量は、効果は若干増加するが、副作用(脱落率)はそれにまして増加する。

・年齢別自殺リスクの増加は40歳を境にして、40歳以下は増加、40歳以上は減少する。

八咫烏(やたがらす)-年齢別自殺性リスク

これは以前示した年代別自殺率増減のグラフとピッタリ符合します。

八咫烏(やたがらす)-推移

・児童青年における抗うつ剤のベネフィット
大うつ病 児童:効果なし 青年:8
強迫性障害(OCD) 児童:5 青年:6
不安障害(OCD以外) 児童:4 青年:3
*数字はNNT、プラセボに対して効果が得られる症例数、つまり大うつ病で効果がでるのは8人に1人ということ。

・自殺性は、抗うつ剤投与で、60人から100人に1人が希死念慮、自殺準備、自殺企図が現れる。

この論文の著者は、次のように解説している。

児童青年における自殺性のNNHはうつ病でも不安障害でも60~100程度、つまり抗うつ剤を投与すれば、投与しなければ見られなかった希死念慮、自殺準備行為あるいは自殺企図が60人~100人に1人、余分に生じると言われているので、このリスクと上記のベネフィットを天秤にかけなさい、それも患者ごとに、と添付文書は説いているのである。
少なくとも12歳以下の鬱病に対してベネフィットがリスクを上回る場合はかなり珍しいと考えられるであろう。大人に効くから子供にも効くだろう。あるいは、こどもは別なので大人に効いても子供には効かないだろう。あるいは、子供で自殺性が増えるから大人でも増えるだろう、という推論は全て裏切られた。


皆さん、これを読んでどう思いますか?

現時点での、最高のエビデンスから導かれた結果です。
抗うつ薬を開発販売する製薬会社が、薬の認可を得るためにFDA(米国の厚労省と思えばよい)に提出した治験データ・論文の分析結果です。
これ以上のエビデンスはこの世に存在しません。

もう一度重要な事実を整理します。
これは現時点でのほぼ結論です。

・子供のうつに抗うつ剤を使うベネフィットは無い。
・抗うつ剤は、うつで8人に1人、強迫性障害、不安は3~6人に1人にしか効かない。
・抗うつ剤は60~100人に1人に自殺性リスクを高める。
・若年層には、2倍から3倍の自殺性リスクがある。

これを別の表現に変えると、
抗うつ剤は、若年層のうつには8人中7人は効果が無く、副作用のみが出現する。
抗うつ剤を投与された若年層の20人~50人に1人は自殺性リスクにさらされる。

さらに言い換えれば、
若年層で、うつと診断された8人中7人は、何の効果もないにも関わらず、20人~50人に1人は自殺性リスクにさらされるという事である。

30万人の児童/青年が抗うつ剤を投与されているとすると6千人~1.5万人が自殺リスクにさらされていることになる。

さらにこれは製薬会社による治験データであり、バイアスの存在は否定できない。
これはほぼ単剤でのテスト結果であり、意味不明な抗精神薬病薬との併用や、多剤大量処方によりさらにリスクは増加している。

抗うつ剤と自死の関連性は、正式なデータでもこれほど明確なのです。

FDAはポジティブな研究が2本あれば原則としてその薬を認可する。日本のPMDAは、ポジティブな研究が1本でも認可する。
例えば、ジプレキサの双極性障害のうつ適用は、うつ症状の睡眠の増加、食欲の増加の有効性だけで認可されている。元気が出るとか、気分が上がるとかという効果はない。

ジプレキサは、うつに効くらしい。
その単なる噂レベル、ラベルのうつに効くという効能書きだけ見て、うつにジプレキサを処方する馬鹿が山のように存在する。

また、この論文の筆者は、次の様に述べている。

もちろん、ネガティブな研究が出版されていない、だから実はTurnerの研究が出るまで(2008年)世界中の誰も抗うつ剤の本当の効果を知らなかったという非難は正しい。そしてこの非難は、現在、大うつ病に対する抗うつ剤以外の、精神医学のみならず身体医学を含めた全ての医学的介入について当てはまる非難であることは、医学・医療を一生の生業として選んだ人間にとって、悲しいという形容を超えた実態であろう。

パキシルの医薬品添付文書から、若年層への投与禁忌を外すのは、児童精神科医達によって推進され、家族会などが後押しした。その方々はこうした事実を理解して行ったのであろうか?そうだとしたら、これはもう犯罪である。

子供のうつ病に抗うつ剤は効かない。
青年のうつ病の8人に1人にしか抗うつ剤は効かない。
それに対して20~50人に1人は自殺関連副作用が出現する。


これはもう誰に語っても良い真実である。
  1. 2012/09/30(日) 15:38:57|
  2. 抗うつ薬
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アレンフランシス・インタビュー

DSM 5をめぐって Dr Allen Frances に聞く
大野 裕(インタビュアー)

アレンフランシス氏と大野裕氏の対談の全文を入手した。
見過ごせない記載が多数見受けられるので、紹介したい。

インタビューでは、DSMⅣ作成委員長であったアレンフランシス氏が、いかなる意図でDSM4を編纂し、それが広まった結果それがどのように影響したかについて述べている。
現在編纂中のDSM5に対して、アレンフランシス氏はDSM5における幾つかの新たな診断基準の導入に反対する立場である。

そもそも、DSM4がアレンフランシス氏のいうような公正な立場で編纂されたとは到底思えないが、この対談で彼らが述べていることは、日米の精神医療の権威の発言として、重く受け取らねばならないものである。

内容から重要な発言を取り上げてみたい。
ここ数年かけて何度も被害者が主張したことが、DSM4の編集責任者によりさらり(?)と語られています。ここでは、要点を私が抽出したので、正確には全文を参照してください。

アレンフランシスインタビュー全文

以下はアレンフランシス氏の発言です。

「米国ではDSM4に基づく3つの疾患が急増しました.注意欠陥障害は発生率が3倍になり、自閉症は20倍に増加しました また 小児双極ll障害の発生率は 製薬会社の宣伝も手伝って20倍増加したのです。」

「注意欠陥障害(ADHD)では 、15%の増加を予測したが実際は300%の増加であった。その増加の理由は、製薬会社によるダイレクトマーケティングによる病気喧伝と注意欠陥障害が過小評価されているということを医師や学校関係者、保護者に思い込ませた。」

*ADHDや自閉症と診断されている人達の多くが過剰診断されているとの証言

「注意欠陥障害の診断でもっとも正確な予測因子は8月生まれか9月生まれかであった。8月生まれは注意欠陥障害と診断される率が高い。」

*8月とは米国での学年を分ける月である。つまり日本では3月。発達過程の違いが診断影響していることを示唆している。

「DSM4以前では、自閉症の発生率は5000人に1人か、2000人に1人の数値であった。アスベルガーを加えることにより、米国では88人に1人、韓国では38人に1人が自閉症と診断されるようになった。またそう診断された方がメリットがある状況がうまれた。」

*病気と診断されるメリットが誤診をさらに進めることがあるとの証左。また近年自死が急増する韓国がいかにこうした診断が浸透しているのかが分かる。

「精神科の診断を法医学的判断、障害判断、学校の判断、養子縁組の判断などから切り離すべき。」

「米国では精神科診断が正常な人の領域にまで拡大し日常生活のさまざまな問題を抱えた多くの人が精神障害を抱えていると誤診されそして本当に精神疾患を病んでいて診断がきちんとされれば生活が大きく向上し 場合によっては命を救うことになるかもしれないという患者さんたちに適切な注意がはらわれていないという問題があります。米国では誤診が多く 、に日常生活の問題や失意を精科疾患として病名を付けるのが非常に多いのです。」


「弱年層や高齢者に対し地域サポートを提供し生活の場で助ける地域予防プログラムがあることは 非常に重要なことだと思います。ただ そういうプロクラムの恩恵を受けるために精神科診断が必要であると考えないほうが良い。」


「DSM5の信頼性はとても受け入れられない。」

「子供の双極性障害の診断急増は不祥事。」

「誤解を生みやすい考えの一つが、精神科の問題は全て化学的アンバランスによるもので、服薬で病気が治るという考え方です。この考えによって製薬会社は過去30年に渡って薬を売ることが出来た訳です。」

「双極性障害Ⅱ型を作ったのは、患者さんを抗うつ剤による医原性の弊害から守るためだった。文献をしらべると、抗うつ剤を服用中に躁状態に変わったり、躁鬱のサイクルが短くなったり、双極性患者と似た症状を様々な形で呈する患者がいたから。しかし実際にはDSM4以降、双極性障害の発生率は2倍になった。」

*うつではなかった、双極性障害だったという診断がいい加減であるという証左。

「ある診断が広く行われるようになったら疑うべしという事です。人間はすぐには変わりませんが、物の名前はすぐに変わります。もし突然多くの患者さんが同じ診断名をつけられるようになったら、それは患者がかわったのではなく、考え方が変わったからであり、考え方が変わるのは、多くの場合、製薬会社が自社製品を売るためにその病気のマーケティングを動かしているからです。」


どうでしょう?
かねてからの我々の主張が、米国精神医学界の権威により裏付けられたことは喜ばしいことです。ADHDやアスベルガーなど発達障害、早期介入の議論において、推進派に反論の余地がないほどの明確な説明です。しかし、いまさらながらに精神医学界の中からこうした説明がされると、意見が否定され続けてきた怒りに代わって、では不必要な薬物治療により命を落としたり、健康を害したり、仕事を失ったり、家庭を、人生を失った被害者に対してどう責任を取ってくれるのかという怒りが湧いてきます。

これはDSMにより薬が必要のない大勢の人々が医原性の病気にされていることが証明する有力な証言です。アメリカでは、このアレンフランシスを始めとして、様々な学会がDSM5に公然と反対声明を出しました。オーストラリア発の「子供への早期介入」も彼等やヒーリーらの努力で阻止されつつあります。

残念なのは、この日本で医療側から積極的に我々の主張を後押ししてくれる人間が現れない事です。このままでは、この国はほんとうに滅びます。
これからは、薬害被害者は、医原性の精神疾患患者と正しく診断され、医原性の薬物依存者として治療され、医原性の障害者として救済されるべきです。
被害者が、精神疾患患者として生きるしか方法がない状況こそ、最初に改めるべきことです。

このインタビューは、メンタルヘルスに関わる全ての日本人が目を通すべきものです。医師はもちろん、行政の福祉担当者、教育者、企業の労務担当、そして子供の保護者。

そして、現在ADHDや自閉証とされている子供たち、いやうつ病や双極性障害と診断されている人々の多くが過剰診断され、危険な投薬を受けていることに対して議論の余地はありません。
  1. 2012/09/30(日) 15:59:31|
  2. DSM
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